企業変革 連続小説 「Break your shell」 49

■暗雲は突然にやってきた

 ポータルサイトには新評価制度についての説明会の案内が掲示された。同時に「新評価制度(案)」と題された資料が添付されており、さらにその資料とは別に、検討の経緯、役員へのレビュー時の議事録も添付されていた。
 既に更新されたホームページである「お客様の声」のページへのアクセス数に次いで、「新評価制度(案)」へのアクセスは2番目に多くなっていた。それだけ社員たちの興味があると言うことの証明だった。
さらに、タスク「④顧客情報をその日のうちに蓄積」の進捗状況として、佐々岡が送ってくれた、渡辺がパソコンに向かう写真もアップロードした。反応はすぐにあり、そのページへのアクセスも増える一方で、高崎店には他の店舗の店長から電話で頻繁に問い合わせがあったようだ。6月の営業会議でもそのことが話題となり、徐々に他の店舗でもノートパソコンを使った営業と工事担当の業務スタイルについて、現場であれやこれやと前向きな議論がされるようになっていた。

 同時期、現場で手抜き工事に関する話題が、ノートパソコン以上の注目事項になっていたことが発覚した。特に地方では無視できないほどになっていたようだ。営業や工事担当が直接お客様から収集した情報によれば、素人が見てもわかる粗悪な工事であったり、高齢者を狙って物品の過剰取付けを行い、不当に高額な費用を請求したり、いくつもの事例が上がっているようだ。そういった被害を受けた人からの住宅リフォーム・紛争処理支援センターへの相談がある時期から急に増え、行政の広報紙や地元の新聞などのメディアを通して知れ渡ることとなったようだ。
 営業たちの話では、手抜き工事の話は他業者の事例として、過去に無いことはなかったが、最近の話は新しく聞く内容が多いように思えるとのことだった。
営業会議が終わった直後、山本と野畑が7階に来て原沢を問い詰めた。山本にしては珍しく声が荒立っている。
「いつからだ。なぜ何も報告しなかった?」
「すみません、いつも通り報告内容は集計してまとめるよう言ってあったんですが・・・」
 原沢が山本とも野畑とも目を合わさずに、机の上に小綺麗に整理された書類の山から、お客様センターに寄せられた問い合わせやクレームの一覧をまとめた表を探していた。
「おい、なんでそんな重要な書類が山の中に埋もれてるのだ!」
 その声が7階に響くと、他の従業員たちの手が止まり、急に辺りの空気が冷たく流れ出した。
「あ、はい。申し訳ありません。辻さん、先月までの『お客様の声一覧』印刷してないの?」
こちらの緊張感の伝わらない原沢の姿を見て、山本はすこし機嫌が悪くなったが、喉まで出かかかった声を押し殺した。その横で課長の辻がため息をつきながらぼそっと言った。
「電子化を進めている最中ですから、全てフォルダに置いてありますよ」
 息を出し切った後、今度は息を大きく吸いながら辻が答えた。
「そんなのはどうでもいいよ。お二人に資料を見せたいんだから、印刷してくれよ」
「えっ、今『どうでもいい』って言いました、原沢さん?」
 辻の目が原沢を睨むと、山本が割って入った。
「最近の問い合わせの内容はどうなってるのかな、辻さん」
「はい。まず、件数についてですが、ここ2、3カ月で若干の増加がありました。正確に言えば1割増です。その増加分は中国・四国・九州ブロックに集中していますね。増加した分のほとんどが品質のカテゴリについての問い合わせです。『うちの工事の品質は大丈夫か?』という内容ですね」
辻が「お客様の声一覧」が表示されたパソコンの画面を山本のほうに向けて見せた。
「その質問にはなんと応えたんだ?」
 野畑がパソコンの画面にぐっと顔を近づけて聞いた。
「その場は、うちの検査体制などを説明したうえで、データベースから該当工事の竣工検査のチェックシートを検索して、その内容を見て、問題ございませんとお伝えしました。念のため、その後店舗に電話して営業と工事担当にフォローをするよう、営業事務に伝えました」
 腰を折った姿勢のまま、野畑が今度はその顔を原沢に近づけた。
「で、原沢部長。なぜ営業会議の議題に提出しないんでしょう?」
「辻さんが『若干の増加』だと言っていたので、取り立てて気にはしていませんでした・・・」
 野畑が肩をあげて何かを言おうとしたが、山本がその肩に手を当てた。野畑の鼻からどっと空気が漏れると、その場を去っていった。
「原沢さん。あなたは何も変わろうとしていない・・・」
 しばらく無言で原沢の前に立ったまま、山本はパソコンの画面を見つめていた。





 再び福岡に来た水戸は、ここであることに気づいていた。
<ホームライフ21の展示場、あまり人が入ってないな・・・、前回床井さんと来たときはもっと盛況だった気がするけどな>
 早いもので、もうすぐ1年が経とうとしている。同じ建物ではあるけれども、通りに立てられてある少し色あせたホームライフ21ののぼりを見て、急に思いにふけりたい気持ちになったが、違和感がそれを消した。
 明らかに人が少ない。
前回は休日だったわけではない。一緒にいた床井が「休日でもないのに羨ましいほどの人の入りだな」と、人が振り返るくらいの大声でそう言ったのをちゃんと記憶している。
<おかしいな。今日はたまたまなのか、1年経てばこんなものか。それとも他の原因か・・・>
 そう思って、店舗のノートパソコン教育の合間、次の日もホームライフ21の展示場に足を運んだ。確かに人の入りは減っているように見えた。
 水戸がひとつの仮説を立てたのはその日の夜だった。
山本から、お客様センターが集計した情報の内容について伝えられていた。さらに営業会議で手抜き工事の話題を出したのも中国・四国・九州ブロックだったようだ。計算によれば、このエリアでの小規模の改装・改築といえば、太陽リフォームとホームライフ21のようなリフォーム専業系の事業者と、あとは地元で古くから営業をしている中堅の工務店2社で市場の8割を占めることになる。
 それらの情報から察するに、太陽リフォームの工事に問題が無いとう前提のもとで、他の3社の中で手抜き工事が増えているのではないのかということだ。その噂が地域内に広がり、リフォーム業者に対する不信感からこの住宅展示場への足の運びが減っているのではないか?
さらに、営業が山本に報告していた「これまであまり聞かない内容だ」という内容を加味すれば、それは新商品に関係するクレームだと想像もできる。つまり、ここ最近で急激に商品ラインナップを増加させたホームライフ21の施工不良なのかもしれない。実際、太陽リフォームの施工現場でも、新商品の導入に関し、工法について施工業者との十分な確認の無いままに業者任せになってしまうことが、過去に無いわけではなかった。それが大きなクレームにつながったことで、太陽リフォームは新商品の取り扱いに慎重な姿勢を見せるようになったのだ。
<大きな流れが来るかもしれない・・・>
 水戸は近いうちに首都圏のメディアでの取り扱いが増えるだろうことを予想し、それはすぐに現実のものとなった。本社に戻って間もなく、テレビのニュースでそのことが取り上げられていた。
 石沢がインターネット上の掲示板で、伏字ではあるが明らかにホームライフ21について書かれた内容を見つけた。インターネット上の匿名掲示板に書かれた情報についての真偽は定かではないし、それをどう読み取るかは読み手が判断し、その情報利用のリスクも自分で負うのが原則である。ただし、それでも「火の無い所に煙はたたぬ」である、調査する必要があった。

 ニュースは役員たちも見ていた。既に水戸からは山本へ、福岡での事象についての連絡と石沢の見つけた掲示版の情報が伝わっていた。それはすぐに野畑に伝わり、福岡店の店長に実態調査の指示がでた。普段からお客様とのつながりを大事にしていることが、こういうときに力を発揮する。お客様の声は明確だった。
「ご近所のリフォームで問題があったんだけど、ホームライフ21みたいよ」
その声はひとつではなかった。
それを前後し、ジャスダックに上場するホームライフ21の株価は微妙な上下を繰り返していたが、6月上旬に公表されたIR情報で上期の下方修正が発表されたのをきっかけに、株価は突如下落し出した。噂が立ってから業績の下方修正発表までの早さからすれば、もっと早い段階で、完成工事高減少の傾向があったのかもしれない。
 ここでどう対応するべきか、予期せぬ大波に対してスピードのある柔軟な対応が可能な企業が時代を乗りこなしていく。これをチャンスと捉えるか脅威と捉えるか、それともその両方と捉えるか? 太陽リフォームはそれをチャンスと捉えた。積極的に施工品質や高い顧客満足度をアピールし、全国で積極攻勢をかけることにした。ホームライフ21に不信感を持つお客様へのアプローチを強化して一気にシェアを奪う、そのつもりであった。ところがである・・・。
 メディアの取り上げ方は、明らかに消費者保護であり、リフォーム業界全体に厳しい風当たりを見せた。高齢者を狙った詐欺的かつ悪質な営業、手抜き工事、元リフォーム施工業者なる人物がそれを赤裸々に語るという内容で特番も放送された。徐々にその露出度は高まり、リフォーム業界全体に対する不信感が市場を覆った。

 その影響は早くも太陽リフォームにも表れた。
 毎日の受注件数が明らかに減少している。太陽リフォームの営業プロセスは、製品紹介から現地調査、提案と見積もり、その後の調整を何度も重ねて契約に至るため、1、2回の商談で契約に至ることはまず無い。外壁の壁塗装工事でさえも、初回の商談で契約となることは皆無である。つまり、ある日を境に突然、契約数が計画を大きく下振れするということは無いはずなのであるが、6月のボーナス月の稼ぎ時を目の前にして日々店舗から届く受注報告の数は減少した。
 契約に踏み切れないお客様が増え出したということだ。





 役員室では床井が仁王立ちで、役員たちに指示を出していた
「野畑! 至急全店の竣工検査のチェックシートを再確認させるんだ。施主検査シートのチェックも合わせてだ。内容に問題が無いか全店から報告させろ」
「はい、すぐに指示します」
「全店を回って確認したいところだが・・・」
 太陽リフォームでは自社の竣工検査を行うとともに、お客様にチェック項目について説明しながら確認をして頂く施主検査も行っている。これによってお客様の安心感や納得感を得ているわけであるが、必要事項の説明漏れや規模の小さい案件では説明自体が省略されることが過去の監査で数回見受けられた。割合でいえば1%にも満たない数であるが、そこにクレームの芽が潜んでいるかもしれない。これらを漏らさずにチェックする必要があった。
 山本はこのとき、お客様センターに寄せられていたいくつかの兆候について報告するべきか迷った。
「承知しました、確認します。床井さん、ひとつだけよろしいでしょうか?」
「後にしろ、今は確認が先だ!」
 野畑には山本が何を言おうとしたのかわかっていたのだが、それは口にしなかった。
翌日、次々と店舗からの報告が上がってきた。その内容からは問題は見当たらなかった。太陽リフォームの強みのひとつは、そもそも施工品質なのである。当然の結果であるし、何よりそれを最近ホームページに「お客様の声」として掲載したばかりであった。
品質に問題ないことに安心する一方で、店舗から営業管理課に届く注文書のFAXの枚数は減っていった。
「まずいな。なんとかならんのか、山本」
ここ数日変わらぬ鋭い目のまま、床井は本社内を歩き回っていた。
「床井さん、ちょっとお話が・・・」
「なんだ、いい策があるのか?」
「いえ、そうではないのですが、お伝えしておきたいことが・・・。実は3カ月前からほんの僅かですが兆候が出ていたようなんです」
「何だと!? なぜそれを報告せんのだ!」
「申し訳ありません。中国・四国・九州ブロックでお客様からの問い合わせ量が通常より1割増加し、その中に『うちの工事の品質は大丈夫か?』という問い合わせが何件かあったようです」
「その問い合わせにどう対応したのだ?」
「竣工検査のチェックシートと店舗に確認して『大丈夫です』と答えたそうです」
「それだけか? その質問に、そう心配される根拠や背景を聞いておくべきだったな」
「おっしゃる通りです。お客様センターも、ただ聞いていればいいというわけではないようですね。風土改革プロジェクトのタスクで、お客様センターに必要な能力基準にそのような内容を反映させてますが・・・」
「それは今後の話だ。で、それをお前はいつ報告を受けたのだ?」
「つい先週です・・・。申し訳ございません」
「現場の情報がまるで活かされておらんじゃないか? 原沢が気づかなくとも、お前がその内容をチェックしておったら、気づけたかもしれんな」
「そうかもしれません。重ね重ねお詫びいたします・・・」
「まあ、よい。頭を下げてもこの今の状況は変わらんぞ。なんとかしないとな」
 床井は社長室の椅子に深く腰を掛けて、腹の前で手を組んだ。それでも決して落ち着いているようには見えなかった。

 その後、店舗からは「問題ない」旨の報告が上がってくるも、その数とは反比例して毎朝届く注文書の枚数は減っていた。具体的な対応策の出ないまま悩む姿を横に、メディアはリフォーム詐欺について取り上げ続けた。営業や工事担当からの話では、直接太陽リフォームに不信感を持っているお客様はいないようであった。従って、明らかにメディアの情報がお客様心理に「待った」をかけているものと思えた。
そんな中、男が一人騒ぎ出した。吉岡である。

copyright (C) 2012 Noriaki Kojima. All rights reserved.
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