高崎店滞在予定の1週間が残すところあと一日となった。この日は佐々岡が飲みに誘ってくれた。森中と営業と工事担当も一人ずつ来てくれた。加瀬はプロジェクトの背景や思いを伝えるチャンスだと思い、話の順番を頭の中で巡らせていたが、佐々岡の一言でそれは消えた。
「加瀬さん、仕事の話は無しよ。楽しくパーっと行こう!」
パーッと開く見るからに力強い手のひらが、加瀬の背中をバシバシ叩いた。
<ははは、今日はもういいや。せっかくの出張なんだし、気楽に飲もう>
加瀬のプライベートの話、本社の誰が誰と付き合ってるだとか、高崎店のメンバーに聞かれるままに答えた。ちょっと口が軽くなってしまったと後で反省をしたのだが、この日は疲れと酒がちょうどいい具合に調和し、口の緊張も緩んでしまった。地方のノリなのか工事担当特有のノリなのか下ネタも森中が許す限りのところで盛り上がった。さすが長く一緒にやってるメンバーだと感心しつつ、加瀬もその流れに身をまかせた。真面目な話は一切無く、久しぶりの馬鹿話に大笑いした。体の力が抜けて、気が楽になった。
「加瀬さん」
完全に酔っぱらった佐々岡が加瀬の肩に手をまわして、顔を横に並べた。
「水戸さんに感謝するんだぜ」
「え?」
「俺な、水戸さんから電話貰ったんだ。『おそらく高崎は1週間じゃうまくいかない』ってな」
「水戸さん、そんなこと言ってたんですか。僕、信用されてないのかな?」
「違う、そうじゃない。まあ、君がどう思うかは、先を聞いてから判断してくれ」
「『加瀬さんは真面目だから、うまくいないと責任感が先行して肩に力が入る。そうなると、どうしても教え方も固くなって店舗の人間は息苦しくなる』って、そこまで言ってたんだ」
加瀬は黙って聞いていた。
「別に一人でやろうとしなくてもいいんじゃないか? これは俺の意見な。助けてほしいときは助けてくださいってちゃんと声に出して言ええばいい。田舎のじいさん連中は、一生懸命に頑張ってる若い連中を応援したくなるもんなんだよ。都会にいるとわからんだろが」
「相模原は都会じゃないですけど・・・」
もっと言いたいことがあるのだが、そんなことしか言えなかった。
「『肩をほぐしてやってくれ』って水戸さんから頼まれてね。それと『近くで見ていて、彼の本気が感じられるようだったら、協力してあげてほしい』ともお願いされた」
「そんなこと、僕には一言も言って無かったですけど・・・」
「そりゃそうよ。加瀬さんはまだ親心がわかってないわねー」
随分と酔っ払った森中が、加瀬の背中をバシッと叩いた。
プロジェクトが流れに乗り出せば、各メンバーの働きが重要になってくるのは言うまでも無い。実務のところはメンバーに任せることになるものの、そのときプロジェクトマネージャーがどうそれを支援するかは、その人の性格や力量によるところが多い。「任せる」と言う言葉のあいまいさはここに表れる。任せっぱなしで何もしないもの、仕事を一緒に手伝うもの、それと水戸のように裏からうまく手を回すもの、任せ方は人それぞれだ。
<やっぱり凄いや。僕はまだ水戸さんの足元にも及ばない>
加瀬は水戸の背中があまりに遠く思えた気がして、もっと飲んで酔い潰れたい気持ちになった。
「僕、10年後には水戸さんようなビジネスマンになりたいです」
「加瀬さん。俺が本社で好きな奴が二人いるって言ったよな。そうやって頑張り続けたら、その人のようになれるんじゃないか?」
「え、じゃあ、昔営業に一緒に回った人間って?」
「ああ、そうだ。水戸さんだよ。彼が入社したての頃だから、もう6年くらい前かな。監査で来たのに、現場を知りたいって一緒に現場を見て回ったんだよ」
加瀬はこのプロジェクトで随分いろいろ水戸と会話をしたはずだが、そんなことを本人の口から一度も聞いたことが無かった。
「おう、そうだ、加瀬さん。明日は現場を回らなくてもいいよ。店舗にいてさ、俺とか森中さんがどうやってその情報を活用したらいいか、もう1回教えてくれないか? な、お前らもそれでいいだろ?」
一緒にいた営業と工事担当、それに森中も「異論無し」とばかりに、手に持ったジョッキを高く上げた。
昨日のグダグダの酔っぱらいはどこに行ったのだろうか? 朝礼で佐々岡は全国ナンバーワンの店舗の店長らしく、関東ブロックを総べるブロック長として、威厳のある大きな声で挨拶をして皆に言った。
「今日で加瀬さんが本社に戻りますが、本社のプロジェクトはまだまだ続きます。本社も変わろうとしています。もちろん太陽リフォーム全体のためであり、お客様のためでもあります。それはプロジェクトのスローガンでもある『3S for our Customer』として表現されています。そして私はそれを目指して頑張る人を応援したいと思います。仲間を応援したいと思います」
一呼吸おいて佐々岡は店舗のメンバー全員を見渡した。最後に加瀬と目を合わせた。
「それでは皆さん、今日も一日頑張ろう。いってらっしゃい!」
「いってきます!」
オレンジ色のブルゾンを着た全員の声が店舗に響き渡ると、営業も工事担当も現場に散って行った。店舗を出る間際、渡辺が「頑張ってくれ」そう言って加瀬に別れを告げた。加瀬が一言伝えようとすると、「大丈夫。あとはまかせないさい」とだけ言って、渡辺は車に乗りこんだ。
本社に戻って次の出張の準備をしていると、添付ファイルとともに佐々岡からメールが届いた。それは渡辺が車の中でパソコンに向かう写真だった。それを「さん付けのときの床井さんの写真のようにポータルサイトに乗せると良い。(本人了解済!)」と、メールには書かれていた。もう一通、佐々岡が発信者になっているが、「渡辺です」と書いてある件名のメールを開いて驚いた。
「なんとか慣れてきました。チェス、ありがとう。渡辺」
営業個人に会社のメールアドレスが貸与されているわけではないことを考えると、店長席で佐々岡のパソコンを使って、渡辺がメールしてくれたのだろう。その場面を想像すると体がぶるっと震えた。
すぐにありったけの感謝の言葉を返信した。
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