5月になって世間はゴールデンウィークだと浮かれる一方、太陽リフォームは書き入れ時と言えた。契約の意思決定者は奥様ではなく旦那様の場合がほとんどだ。旦那様が家にいるとなれば、営業はすかさずお宅にお邪魔することになる。それにあわせて本社業務も動かす必要があり、カレンダー通りに休むと言う風習はなかった。
同時にプロジェクトメンバーも、連日連夜遅くまで各タスクの対応が続いた。石沢と石井、それに黒谷も休日を返上でお客様宅を回った。
「確かに休みは取れていません。しかし、私がこのときばかりと『フューチャーコンサルティングの人間ですので休みを頂きます』と言ったら、『結局外部の人間か』と思われてしまうでしょう」
水戸は黒谷に休みを取るよう勧めたが、帰って来た答えはそれだった。
ゴールデンウィーク中、石沢、石井、黒谷の3人と店舗のサブメンバーが手分けしてお客様の所にインタビューをして回った。やはりこれまでと同様の内容を聞くことができた。
黒谷にとっては、これまでのビジネスコンサルティングのケースとは違い、クライアントのお客様の所まで直接足を運んだことは初めての経験だった。プロジェクトに関する書類を隅から隅まで目を通し、プロジェクトメンバーの話を一言一句聞き漏らさず聞いて理解し、さらにはコミュニティスペースでも多くの従業員たちと会話をする中で、ようやくプロジェクトメンバーの思いを理解し出したところだった。しかし、お客様宅まで出向いて、一緒に生の声を聞いていると、自分の中で足りないパーツが埋まっていく、そんな感じを受けたのだ。
ところがこのとき、今までの書類には記載のない内容の声が聞かれることに黒谷は気づいた。それは石沢も石井も気づいていた。
「『リフォーム詐欺』とか『手抜き工事』は稀に話題になるんですよ。お年寄り宅に入り込んで勝手に検査して、『ここが悪いから直そう、お婆ちゃん』なんてね。その検査っていうのも嘘なんですけど・・・、まったく酷いもんだ」
石沢は現場を営業する際、そんな人を見かけたことは無いのであるが、噂は時々耳にしていた。
「でも、今回お客様が言っていたのは詐欺じゃないのよ。そこそこ有名な会社だけど『手抜き工事』かもしれないって言ってたわね」
「そうですね、石井さん。昨日の施主さんが言っていたのは給水管のサビのことですね。管の切り方が悪いのか、コアが無くてネジ部分が腐食しているのか、継ぎ部分に十分に防蝕剤を塗布していないのかわかりませんが、施工品質が良くないのは確かですね。やっぱり品質って重要ですよね。へたな工事したら一発で信頼なくなっちゃいますもんね」
「素人で申し訳ないですが、やっぱりそういう細かい知識って、営業さんもご存じなんですか?」
黒谷が胸の前で手を組んで、石沢と石井に訊ねた。
「え、今のですか? これくらいなら、工事担当はみんな知ってると思いますよ。まあ営業のほうは、どれだけ勉強したり工事の人から話を聞いたりしているかで、結構な差がでると思いますけどね。人によって知識の偏りがあることは確かなので、それを情報共有サイトで『ノウハウ』として共有するつもりなんですよ」
「なるほど、そういうことですね。専門用語は私にはわからない所がありますが、やはり皆さん詳しいんだなって思いました。さすが現場でお客様と接しているお二人ですね」
黒谷がにこっとして石沢と石井を交互に見た。
仲間とは言っても、改めて外部の人間に褒められると悪い気がしなかった。石沢も石井も自社の品質の高さをもっと自慢したくなった。
「でしょ、品質がうちの売りなんですよ。検査工程だって・・・」
3人で昼食を取りながら、石沢と石井が交互に自分の知っていることを黒谷に話した。
「一杯話しちゃってごめんね。なんか、黒谷さん、聞き上手なんだよね。僕も営業だからその辺は意識してるつもりだけど。水戸さんと話しているときもそうだけど、黒谷さんも凄い聞き上手ですね」
「ありがとうございます。そう言って頂けると嬉しいです」
笑顔になったり、真面目な顔でうんうんと頷いたり、一生懸命にメモを取る姿勢だったり、見ていて気持ちのよいマナーだったりと、そのキャラはすっかりプロジェクトメンバーを惹きこんでいた
「(おまけに美人だもんな、反則だよ)」思うだけのつもりが、口に出た。
「え、石沢さん何ですか?」
「あ、いやいや、何でもないよ。あはは」
丸山がこれを狙って黒谷を太陽リフォームに送り込んだのだとしたら、100%計画通りだと言えた。黒谷がスーパー事務局としてプロジェクト運営をスムーズにしていることはもちろん、プロジェクトメンバーのモチベーションやメンバー間の結束を強化させるためにも一役買っていた。もちろんサブメンバーやコミュニティスペースで顔を合わせる従業員との温度差を調整することにも、である。
場の中からその人が抜けたとたんに、場の会話が止まったり、空気が変わったりすることは良くある。黒谷の存在は「触媒」のようだった。「触媒」はそれ自身を変えずに化学物質の変化を活性化させる。黒谷も外部の人間としての立場を活かしながら、内部の人間たちのコミュニケーションを活性化させていた。
「お二人のお話を聞いていてふと思ったのですが・・・。手抜き工事の話題がマスコミに広まってしまったら、『うちの工事は大丈夫なのか?』って心配する人も多くなりそうですね」
「そうね。私もそう思うわ」石井が事の重大さを理解して表情が歪んだ。
「そうなることを予想して、太陽リフォームが『検査サービス』なんて始めたら、面白いかもしれませんよ」
「それ確かに面白そうだ。さすが黒谷さん、やっぱりコンサルタントなんですね。すごいや」
<意見を受け入れてもらえるってことは、私も結構入り込めたかな>
雑談も大分自然な感じで、この中の誰が外部の人間なのか会話を聞いているだけではわからないまでになっていた。
その後、インタビュー結果がまとめられてホームページの商品紹介ページの中に「お客様の声」が追加された。
「うむ。いいじゃないか。風土改革プロジェクト、よくやっておるな」
山本から風土改革プロジェクトの進捗報告を受けた床井が水戸を部屋に呼んだ。秘書にパソコンを操作させて、太陽リフォームのホームページを表示させた。その画面を床井が大きな顔でのぞき込み、先日までとは違う、更新された新しい内容をじっと見ていた。
「ありがとうございます。プロジェクトメンバーは本当に良くやってくれています。私もびっくりするほどです」
「そうか、引き続き頑張ってくれ。頼むな」
「社長自らの率先垂範のおかげで、『さん付け運動』も定着してきました。なんだか呼び方を変えただけで、勝手に親近感を覚える気がします」
「そうだな。わしもやっと慣れてきたかな。新人からもいきなり『床井さん』と呼ばれたわ。ちょっとずつ結果が出てるってことか」
「はい、まだちょっとですが結果は出始めていますね。今後もどんどん進めていきます」
「おう、ここで止めちゃならん」
「そうなんです、おっしゃる通りです。ここで風土改革プロジェクトを止めてはいけません。そこで床井さん。実はお願いがありまして・・・」
タイミングを見計らって水戸が切り出した。
「なんだ? 追加予算は厳しいぞ。それは先に言っておく」
「いえいえ、お金はかかりません・・・。ただ、サブメンバーやメンバーたちを褒めてやって頂けませんか。たぶん彼らは喜んでやる気も倍増すると思います。コミュニティスペースで顔を合わせたときかなんかで結構ですので・・・」
「馬鹿野郎! そんなことわかっとるわ。そんなのお前さんが気にしなくてもいいわ。はっはっは」
豪快に笑う声が社長室に響いた。その直後床井の目が鋭くなった。
「山本から聞いておる。評価の件だな?」
「ええ、その通りです。このお客様の声を集めたメンバーたちは店舗組なのですが、所属店長からそれを具体的に評価されるというのも難しいでしょうから」
「わかっておるわ。わしは頑張ってる奴はちゃんと見ているつもりだ。頑張っていない奴もちゃんとこの目でみている」
床井はさらに鋭くなった目を軽く指さした。
良い行動を承認する。風土改革プロジェクトに沿って行う活動を社長以下役員、上司が承認する。承認し続けることで、プロジェクトは止まらずに動いていく。承認の仕方は様々だが、社長から褒めてもらうことは、承認の最たることだと言えよう。人はいくつになっても褒められたい生き物なのだ。
「それと、床井さん。小泉さんが新社屋のレイアウトの件で悩んでましたが・・・」
「ああ。小泉たちが毎回すまなそうな顔でレイアウト案をいくつも持ってくるんだ。業者に図面をかかせるのも大変だろうから、いいかげんで決めてくれと言っておるんだがな」
「どの案でお決めになるつもりですか? 甲斐の武将のように城は無くしますか?」
一緒に飛行機に乗ったとき、床井が甲斐の国の生まれだと言っていたことを思い出して、ふと口から出た。すると床井が小さく何度か頷き、太い親指をビシッと立てて言った。
「武田信玄の『人は城、人は石垣、人は堀』ってやつだな」
「ええ、社長室を無くすにも、『風通し』や『コミュニケーション』だけでなく、社長なりの理由が必要と思いまして」
「それ、いい理由じゃないか。頂いておこう」
水戸は無言のまま、眉を上げてほほ笑んだ。
このプロジェクトで実施予定の11個の施策のうち、いくつかは徐々に形になり出した。来週からは「⑩定期クロスミーティングの実施」がスタートする。佐倉がその段取りを行っていて、初回はさっそく来週、先月入社したばかりの新人と本社の部署ごとに幾人か選んだ3年目以下の若手従業員とで行うようだ。その他、営業会議や工事会議のタイミングとあわせて営業及び工事担当と本社メンバーとの場、役員と部署ごとの場を設けるなど、上半期に行う分のクロスミーティングのスケジューリングをしていた。
その運営方法は会合ごとに違っていて、ただ顔を合わせて話をするのではなくて、いくつかの小さなグループに分けて議論させ、まとめた内容をグループごとに発表してもらうといった方法だったり、先輩が入社した1年目に失敗した内容を一人5分で話した後、それに質疑応答する形だったり、あるいはある部署の管理職が他部署の若手メンバーに業務の内容を説明する場だったりと、それぞれ目的を持った会合になっている。
「④顧客情報をその日のうちに蓄積」については、足立店をモデル店としてノートパソコンを営業に配布した。酒井自身が久々に店長として足立店の椅子に座ると、営業と工事担当が酒井を取り囲んで談笑していた。
「店長。どうですか、プロジェクトの進捗は?」
「お前たちが俺のことを店長と呼んでいるうちは帰ってこれないな。さん付けで頼むよ」
「あ、そうでしたね。久々なもんでつい。でも、店の中ではぎこちないですけどなんとか呼びあってますよ」
「継続して頼むよ。でさ、今日から2週間ここにお世話になるんだけど、ノートパソコン届いてるよね?」
「はい、情報システム課から4台届いてますよ。平野さんから昨日電話がありました。キッティングはしてあるから、モバイルカードを差すだけですぐに外でも使えるそうです」
「ありがたいね。情報システム課は大忙しだ。今、外部のコンサルタントに入ってもらって平野さんたちと一緒に、新業務プロセスを基にしたシステムの要件定義をしているんだ。情報システムに関係する人たちってあんなに難しいことをやるんだね。本社のいろいろな人の仕事が見えて本当に勉強になってるよ」
「へえ、そうなんですか。今回もそれに関係あるんでしたっけ?」
「いや、その話は10月以降の話なんだ。もしかしたら太陽リフォームの新しい業務プロセスを支える情報システムを開発することになるのかもしれない。その届いているパソコンはその下準備ってとこだ」
「一応、連絡は水戸さんと加瀬さんから受けてましたので何をするかは理解してますが、どうですかね? やってみないとわかりませんね。営業の合間に車の中で打ち込むイメージになりますよね。車で回らないときはファミレスとか喫茶店とか場合によっては公園でとか・・・」
モバイルカードを使って社内LANにアクセスし、ファイルサーバー上のファイルに直接、当日入手した顧客情報や商談状況及び工事の進捗を入力する。それがひとつのデータベースに自動的に取り込まれる仕組みになっており、店長やブロック長がそれ必要な形に加工して随時確認することはもちろん、本社スタッフがそれを活用して、次のアクションを迅速にかつ適切に行えるようにすることを目的としている。その情報が自分の店舗に閉じることなく、お互い他の店舗の情報も横断的に検索して活用し、会社全体でノウハウを共有するのが目指すべき姿である。
既存の工事管理システムには商談情報を取り込む機能はなかった。サブメンバーと平野たち情報システム課のメンバーが、このプロジェクトのために何度となく徹夜して作り上げてくれた。
これまでも「情報」を記録はしていたが、顧客情報や商談情報といった顧客関係性を強化していくために欠かせない肝心の情報は紙をベースに管理されていた。管理とはいっても営業や工事担当が店舗へ帰宅後、報告書にメモをする程度で後は店長がさらっと目を通し、営業事務がバインダーに閉じて置く、そんなやり方であった。
現状と目指すべき姿の乖離は大きく、営業や工事担当には60歳を超えるものも少なくないことを考えると、全店舗一斉に展開するにはハードルが高い。幸い、酒井が育て上げた足立店の営業と工事担当は比較的年齢も若く、パソコンの基本的な操作に困ることは無さそうであった。そこでまずは足立店をモデルケースとして、徐々に横展開していくこととした。
「まあ、やってみようよ。あれこれ言うのはやってみてからにしよう。自分も店長としての通常業務をこなしながら、どれだけその情報に目を通して反応できるか試してみるからさ。『3S for our Customer』だ、自分もやるから、お前たちも手伝ってくれよ。あ、ネットにつなげてゲームしたりするのは無しだぞ!」
「だいじょぶっすよ。そんな暇ありませんて!」
一人の営業が元気に答える一方で、別の営業が先程から胃のあたりに手を当てる酒井の様子を気にした。
「ところで酒井さん。さっきから胃のあたりをさすってますけど、調子悪いんですか?」
「ああ、ここ最近ちょっとこの辺が痛むんだ。大した痛みでは無いけど、ちょっと気になるんだよな。食べ過ぎ飲み過ぎか、それともストレスか・・・」
「まさか、鉄人酒井にそんなストレスだなんて!」
酒井を知る部下たちは、全国2位の店長としての彼の屈強さを知っている。だからその時はそれほどその事について気にかけていなかった。
その胃の痛みは2週間継続していたが、酒井自身もその時は軽く考えていた。
<まあ大したことは無いだろう、胃痛の薬でも買って帰るか>
それぞれのタスクの進捗情報がポータルサイトに掲載された。加瀬がアクセス数を確認すると、日に300アクセスは突破している。営業や工事担当にパソコンが一人一台で配布されているわけではないことを考えると、パソコンを前にデスクワークを行うほとんど全ての従業員がポータルサイトを見ている計算になる。
その日の昼食前、社長の名で通達がだされた。
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各位
日々の業務ご苦労様です。移転まで5カ月を切りました。新社屋も決まり、レイアウトも決まり、皆さん新しい場所での新しい自分を想像しているのではないでしょうか。その自分はどうですか? 新しい風土にも馴染んでいるでしょうか? 風土改革プロジェクトも徐々に結果が出始めようとしています。プロジェクトメンバーだけでなく、皆さんも波に乗り遅れないように、必要な対応を進めてください。
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これを見て、「変革が波に乗って来たな」、そんな風に感じた従業員も少なくないはずだ。加瀬はメールで送られてきた通達文書を見ながらそう思った。
<他人の気持ちの変化をKPIにしてそれが測定できたらどんなに楽だろう>
各フロアの棚の書類が段ボールに詰められ、電子化のために業者に送られると、部屋はいつもと違ってすっきりしていた。さらに社内会議はノートパソコンやプロジェクターを使ったスタイルが増えてきたことを鑑みると、それは気持ちの変化が行動に反映されているものだと信じるしかない、加瀬はそう思った。
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