
第4章
No plight, No glow up
試練が人を磨く
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勢いに乗ったプロジェクトメンバーたちは、苦労を伴いながらもタスクを確実に実行していく。そしてそれを徐々に受け入れる従業員たち。太陽リフォームの風土改革は予想に反してすんなりとうまくいくように思えた。そう思ったのも束の間、リフォーム業界の暗部が彼らの心の隙に襲い掛かってくる。そしてモンスターたちも再び変革を潰そうと牙をむく!
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■噂はいつも独り歩き
体が弱いところから病気になっていくように、組織の不満は弱いところへ流れ込んだ。
期末の評価の後、プロジェクトメンバーとサブメンバーたちの評価が上向きに修正されたとあって、プロジェクトの主要関係者への甘い評価の噂が一部の店舗に広まっていたようだ。店舗の営業や工事担当から、店長にその説明を求めたり、ポータルサイトを使ったりと、直接プロジェクトに問い合わせをしてくるものもいた。
店長によっては日々の愚痴と同等に気にも留めないものもいたが、部下たちからの執拗な質問攻めに耐えられず、「本社から説明してくれ」と、プロジェクトに対応を求める場合もあった。声が上がりだした直後は、水戸が店舗に対しての窓口になったのであるが、評価の問題でもあったので、水戸の説明では納得いかないとばかりにブロック長や野畑に直接詰め寄る事態にまでなってしまった。
これまで順調と言えば順調に進んできたプロジェクトだったが、社員全員に同じ気持ちになれているかと問われれば、まだ「ノー」と言わざるを得ない。変革抵抗者とまでは言えないものの、若干の疑問や不安感じつつも会社の決めたことに黙って従っている、いわゆる「サイレントマジョリティ」なる層がいるはずだ。こういったサイレントマジョリティの中に、何かのトリガーが発生することで沈黙は破られ、疑問や不安、場合によっては不満の形で声が上がりだすのだ。
<このリスクはプロジェクトへの影響度が大きい>
水戸はこの事態をプロジェクトのリスク発生と捉えて、早期の解決を図る必要があると感じた。
さっそく山本へ事態の収束について相談した結果、営業会議で店長に向けて、床井と店舗をまとめる立場にある野畑から、説明を加えたうえで話を大きくしないよう伝えることとなった。
「・・・ですが、山本本部長。現場に不満があるのは事実ですよ。全員を巻き込んで対応していく必要のあるプロジェクトなのに、意見を殺すのは良くないのでは?」
どうも釈然としないばかりに、無表情にそう言ってのける野畑に対して、山本は少しばかり苛立った。
<野畑本部長は立場上、プロジェクトに賛成してはいるが、サイレントマジョリティの一番手だな。部下の意見を使って自分の意見を代弁させているつもりか?>
野畑の発言に被せるように、正論を伝えようとしたが、長く鼻から息を出した後、山本が事情を再び説明した。その後、床井から同じ内容を再び説明され、結局指示された形になってやっと、「わかりました」と頷いた。
「不満があるってことは、従業員に対して説明が足りないってことだ。野畑、そうだろ? プロジェクトのコミュニケーション手法や情報発信のやり方について改善しないとならんのではないか? なあ山本?」
床井は瞬きせずにじっと山本を見た。その目から逃れられない程の力を感じつつ、床井の意図を感じた。
<ここで一方的に野畑本部長や営業を押し込めた形にするのは得策でないってことだな。プロジェクト側で折れるべきとこはここか・・・。さすがの床井さんも慎重だな>
「その通りですね。プロジェクトの方でも改善が必要ですね。野畑本部長、申し訳ないですね。もっと説明と情報共有を改善させます。現場に不満も不安もおこさせないようにね」
「お願いします」
野畑の表情は先ほどと変わらなかったが、口では理解を示したようだ。
営業会議は担当取締役である野畑の責任で運営されている。結局野畑から各店長に対してそれっぽい説明があったのだが、質問はひとつふたつ出たところで打ち切った。以後の問い合わせも受け付けないと野畑は言い放った。これ以上面倒を抱えたくないと言うのが本音なのだろう。
その後、店長から上司であるブロック長や野畑への問い合わせはなくなったものの、反比例するように、プロジェクトメンバーへの直接の問い合わせが増えた。それは問い合わせと言うよりは、嫌がらせに近い内容だ。
「水戸さん、最近こんなメールが来るのですが・・・」石沢がポータルサイトに書き込まれた掲示版の内容を指さした。
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プロジェクト各位
社長や取締役の言われたままに、現場に指示するのは楽でいいですね。その指示が現場をどれだけ混乱させているのかしっているのでしょうか?そうとは知らず、良い評価をもらってさぞかし満足でしょう。私たちの日々の苦労を少しでも知ってもらえれば、もっと現実的な対応ができると思いますが、いかがでしょう?
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「プロジェクト立ち上げ当初、似たような内容の書き込みがなかったわけでもないのですが、実は・・・」
「実は何ですが、石沢さん?」
「実は、こういった内容に回答する時は、基本的に『石沢』の名前で返答しているのですが、その後、個人メールにも同様の内容が届くようになりました。直接言われるより、文字として残る分ダメージが大きいような気がして、最近少し気が滅入ってます。彼らの役職が自分より上でないのがまだ救いですが」
石沢ががくっと肩を落とした。滅多に見ない仕草だったし、顔には明らかにもやもやしたもの抱えているように思えた。
「それは辛いですね。大変な役目をお願いしてしまって申し訳ないですね。石沢さん」水戸が頭を下げた。
「いやいや、水戸さんが悪いわけではないので謝らないで下さいよ。ただ、営業で門前払いされるのは今ではもう慣れっこなのですが、社内の人間からこういうことを言われるのって初めてなので。そのうち慣れるとは思いますが・・・」
「僕の所にも来てますよ」加瀬にもそのようなメールが届くようになったようだ。
「実は、私もです」
「えっ、佐倉さんもなの? んー、どうしたものかな」酒井が腕を組んだ。
聞けばそのようなメールは評価の前からもあったようで、プロジェクトメンバーたちは、これまでにない種類のストレスを抱えていたようだ。会社のためにやっていることなのに、その会社の人間からクレームが来るのだ。身内に後ろから刺される思いだ。同じ内容を面と向かって言われるよりも、メールの文章にするとずっと冷たい感じになることはよくある。しかも自分の受信トレイにずっと残るものだから、ついつい読み直して気にしてしまう。しかし自分宛てで届いた内容だから自分で対処すべきだと、しばらく問題を各々ひとりで抱え込んでいたらしい。
その話を聞いた後、メールの内容を確認したところ、なんとも幼稚な内容が目に飛び込んできた。給料が少ないだの、会社の方針が甘いだの、いいたい放題である。念のため彼らの営業成績を見てみると、万年平均以下の成績しか残せていない。給料が低いのは自分たちの問題だろう。
「言いたいことは、仕事をしてから言えって感じですね、まったく。けれども思い出しました。この前、正木さんが騒ぎ出したときは、水戸さんが黙ってじっくり聞いてあげていましたよね。今回もメール送信者たちの言い分を最後まで聞いてあげるっていうのが、得策なのでしょうか?」加瀬は水戸が正木をうまくなだめたシーンを思い出した。
加瀬のその質問に、水戸が回答しようとしようと口を開いたが、言葉が出ずにそのまま眉間をつまんだ。
「んー、この場合はそれとは違うんですよね。しかしどうしたものかな。正直悩んでます。地方の営業さんが発信元ですよね。普段我々が直接会話できない相手ですから機会があればコミュニケーションを取りたいのですがね」
少しの間沈黙が訪れた。
「無視して結構だと思いますけど」
意外な一言にみんなが黒谷の方に顔を向けた。どういうことかと尋ねると、黒谷はこう答えた。公式的には解決している問題であること。野畑本部長から各店長へ説明がなされていること。社長と山本本部長が了承している内容であること。そもそもしかるべき評価を受ける仕事をしていること。皆にはその自負があること。意見があるなら、堂々と言えばいいこと。それが出来ずに、こそこそ個人宛に文句を伝えてくるようなケツの穴の小さい奴に大勢を巻き込めるはずもないこと。
「はっはっはっは」
クールな表情のまま熱い口調で語る黒谷が、まだ説明を加えようとしたが一息ついたところで、水戸が笑いだした。続けてその場にいた全員も笑いだした。
「『ケツの穴』って、黒谷さん! 面白いこと言いますね!」
「申し訳ございません。今までの自分の経験と重ねて、ちょっと熱くなってしまいました。こういう問題は私も過去何回か経験があります。風土改革のプロジェクトでは良くあるケースかもしれません。弁が立つけど肝っ玉の小さい人っていうのは割といますから。上に言えなくなったので、言いやすいところに言ってきているのでしょう」
「無視ってことは、何も返信しなくていいってこと?」当の本人である石沢は、取り急ぎ答えを知りたいようだった。
「そうです。どうしてもプロジェクト側からいろいろお願いをする形になるので、質問がくればそれに丁寧に対応する形になりますが、そういうメールに関しては、質問に対していちいち答えないのがポイントです。『3S for our Customer』に従って一緒に頑張りましょうとか、『目的達成のために自分のやるべき事をお互い一生懸命やりましょう』とか、真っ向から否定できない内容を織り交ぜて、そこでやり取りを終わらせてしまって結構です。丁寧に質問に答えたところで、次の不満をぶつけてくるだけですから」
「黒谷さん、ありがとう。きっと同じような経験をされた結果から学んだことだと思います。そういう意見はこのプロジェクトにとって大変ありがたい。石沢さん、それに加瀬さんと佐倉さんも、同様に対応してみてください。ここは黒谷さんの経験に学ばせてもらいましょう」
水戸がすかさず黒谷の意見に賛成したのには訳があった。正直なところ、誰かに応えを出して欲しかったのだ。正木のように明らかに変革抵抗者であり、発言力や影響力も大きいキーマンについては適切にコントロールすべきだ。そういう人物はすでにステークホルダーコミュニケーション管理表に名前をリストアップしてある。だが、今回はそれとは違う。大勢の渦の中に巻き込まれるその他大勢に分類される人たちの対応だ。実はこれは無視していいレベルの問題だとはじめから思っていたのだが、山本からも社員たちへのコミュニケーションの方法を改善するよう指示されていた事もあって正直なところ迷っていた。
ささいな問題にリーダーが答えを出せないでいると、メンバーをいたずらに不安にさせる。プロジェクトのいい流れもそこから変わりかねない。そう思っていた矢先にスパッと切りこんできた明確な意見に飛びついた形になった。
「わかりました。それで対応して様子を見てみます」
石沢のもやもやした気持ちの中にそのアドバイスがすーっと浸み込んだ。
プロジェクト成功させるため、ささいな問題には目をつむって事を穏便にすませるため、それには自分が我慢すればいいと思っていた石沢だったが(加瀬も佐倉もそうだ)、そのために少しずつではあるが重いストレスを溜め込むことが迷いになっていた。それは自分の性格が「いい人」であるから仕方が無い事なのだと思っていたが、会社が変わろうとしているのだ、自分もかわらないとならないのでは・・・、答えが欲しかった。
「『いい人』をやめればいい」若いコンサルタントはさらっと言ってのけた。
時折強い目で白黒はっきりと答えを出す黒谷を、メンバーたちは次第に信頼していった。
それから幾日かメールは相変わらず送られてくるのだが、彼らの対応は余裕のあるものになっていた。つまらない噂はいくつかの店舗に飛び火したようで、別の店舗から同様にメールが送られてくることもあったが、プロジェクトメンバーが常にそれに気を取られている程暇なわけもなく、日々せわしく動き回る中、黒谷のアドバイス通りに対応した。いいところでやりとりをスパッと終わらすことで、相手からの返信の頻度も徐々に下がっていた。メールを処理しながら石沢と加瀬が雑談をしていた。コンサルたちのノウハウとは失敗と成功の繰り返し、経験の蓄積なのだと理解したこと。と言うことは、黒谷の言う通り、返信をしてこなくなった彼らはケツの穴の小さい奴だったということ。そんなことを言って、つまらないストレスを笑い飛ばした。
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