企業変革 連続小説 「Break your shell」 40

■全体の巻き込み

「佐倉さん、⑪番の実行施策、サブメンバーとの検討会の段取りはどうなってますか?」
「はい、全部の課と打ち合わせ日程は組み終わりました。まずは明後日、人事課からスタートします。各課の役職ごとに求められる能力を洗い出してもらえるように記入フォーマットを配布しています。ですが、ちょっとわかりづらかったのか、ほとんどの課から質問が来ています」
「そうだね、サンプルは工事管理課をイメージして書いたんでしたっけ?」
「ええ。自分の課のことはわかりやすいのでほとんど私が書きました。あと外部のセミナーなどから入手した参考資料を配布しています」
「このタスクの初期段階の取り組みとしては、最も会社全体を巻き込むことになるので慎重に行きましょうね。業務分掌との兼ね合いもありますし、業務監査でも指摘している内容なので、課ごとの打ち合わせは私も参加します」
「わかりました。よろしくおねがいします」
「佐倉さん、このタスクは『基準を作成して導入すること』自体がこのタスクのゴールなので、中身の善し悪しと細部にこだわらなくてもいいからね。今までほとんど基準の無いゼロの状態が、基準が明確化されるってことだけでも大変なことなんだから」
「はい、大丈夫です」
水戸はこのタスクに賭ける佐倉の思いの強さを十分理解していた。その強さが現場との温度差となって表れなければいいなと思いつつ、佐倉の「大丈夫です」と答えた意味をちょっと考えた。
<熱くなったら駄目だよってことだよ、佐倉さん>
「さて、加瀬さんの方は確認することが多いのだけど。『②ペーパレス化』だね。このタスクのサブメンバーはどの部署の人でしたっけ?」
「社内会議の多い部署から3人です。それに紙の保存資料が多い部署も3人ですね。前者が営業管理と工事管理、それに工事積算課から各1名、後者が広報課、お客様センター、研究所各1名です」
「ノートパソコンは今日届く予定でしたよね?」
「えーと・・・」
加瀬が予定を確認しようと手帳を広げようとしたそのとき、黒谷が回答した。
「今日15台納品される予定です」
「あ、さすがスーパー事務局! えっと、その後は・・・」
「その後は、情報システム課でキッティングをして頂くことになっています。私から情報システム課の平野課長にお願いしてあります」




 コミュニティスペースに通ううちに黒谷の顔は社内に知れ渡り、特に情報システム課のメンバーとは多く会話をしていたようだ。来週から丸山が常駐することになっているが、その後は情報システム課とも多くの時間を共にすることになる。そのための人間関係作りをしっかり行っているとも思えた。それが丸山の指示なのか、黒谷自らの動きなのかわからなかったが、いずれにせよその動きの良さに水戸は感心していた。
「水戸さん。黒谷さんに来て頂いて良かったですね。めちゃめちゃ助かってます」
「それは良かった。では、キッティングが終わり次第、サブメンバーたちに配布して今後の社内会議のやり方をレクチャーしましょう。あと電子化する社内文書の範囲の確認ですね」
「はい。まあ会議のほうはレクチャーってほどでもないのですが手順書は作成済みです」
「加瀬さん、仕事が早いですね」
「ありがとうございます。黒谷さんに言われると何だが嬉しいですね。やる気が出てきますよ」
「じゃあ、そのやる気を見せてもらおうかな?」
少し浮かれた様子の加瀬を見て、気合を入れ直すように、水戸が加瀬の背中をパンとたたいた。
「社内文書の電子化については社屋移転プロジェクトとの調整もありましたよね?」
「はい、小泉さんたちのプロジェクトとも検討を続けているのですが、新社屋では個人ごとの机が無いみたいです。長机に椅子を並べて座る感じにして、いままでよりも一人当たりの占有スペースを増やす方向らしいです。さらにサイドキャビネットも無くすみたいですね。書類は最低限にして部署ごとのスチール書庫に保管し、個人ごとに資料を持たせないスタイルにするそうです」
「紙で保管している文書は業者にスキャニングを依頼するんでしたね。加瀬さんのミッションは、電子化対象文書が9月以降も、紙で保管されないような運用ルールを定着させることです。こちらは、対象文書ごとに電子化保存の運用ルールを作成しないとなりませんが、進捗はどうですか?」
「②ペーパレス化」のタスクは、具体的には3つの施策に分かれている。
ひとつ目は今まで紙で保管していた帳票の電子化。これは単純に、今ある文書類をスキャニングして電子化すれば終わりというわけではなく、今後、紙で印刷しなくても仕事が回る業務プロセスを検討することも含まれる。現行業務フローを意識しながらその運用方法を検討しなければならない。方針と基本ルールはプロジェクトが事前に検討しており、サブメンバーたちとの検討で詳細を決めることになっている。

ふたつ目は会議の電子化だ。要は紙を配布しない会議、その場で決める会議を定着させようとするものだ。ノートパソコンで資料を操作し、プロジェクターでそれを映す。決まったことはすぐさまパソコンでメモをしてその後関係者に配布する。これまでずっと風土改革プロジェクトメンバーが行ってきたスタイルだ。
そして3つ目がワークフローの電子化だ。社内稟議の手続きはこれまで紙文書を回覧して行っていたが、今後は部分的にパッケージソフトを導入して電子化する予定だ。ここは検討段階で情報システム部の平野にも手伝ってもらい、システム化の要件を整理し、いくつかの商品の中から一番適したパッケージソフトを選択した。
それぞれが机上で何かをすれば解決するわけではなく、様々な部署との調整が必要であり、その点で加瀬のやることは山ほどあった。
「まあ、二日おきに終電コースですがなんとか予定通りです。ただ、帳票電子化の運用ルール案を各部署で確認してもらう必要がありますが、まだ管理職の方々への調整が終わってません」
「そうですね。そこはきっちり承認をもらっておかないといけませんね。タイミングを見て私からレビューの場を開かせてもらうことを連絡します」
「お願いします」
 先程までは少し浮かれた顔の加瀬だったが、自分でやらなければならないことを口にすると、体の疲れが顔に表れてきた。
「『無理はせずにね』と言うことしかできないんだけど・・・。黒谷さんに褒めてもらったらもうちょっと頑張れるかな、加瀬さん?」
 今度も水戸が加瀬の背中を軽く叩いた。
「そうですね。それいいですね、じゃあ黒谷さん、僕のこと褒めてもらえませんか」
これが加瀬の長所だ。すぐに気持ちを切り替えることのできるメンバー、場所を一瞬で和ませることのできるメンバーがチームにいると、プロジェクトはチームワークを強固にできる。 
現場は和んだ。
「それにしても段々と大変になってきたね、作業も増えてきたし、サブメンバーや現場との接点も増えてきたし」酒井がスケジュール表を見ながら言った。
「そうですね。なんか今までとは違う疲れ方です。物理的な疲れというか・・・」
石井が凝った肩をくるくると回した。
「皆さん。ここは一気に駆け抜けたいと思うかもしれませんが、目の前にいるサブメンバーや従業員の人たちをじっくり見てください。『なぜこんなことをやるんだろう?』『なんで俺がやらないといけないんだ?』そんな風に思っている節があれば、十分に説明してあげてほしいんですよ。スケジュールが遅れるからと言って、その説明を省くのは絶対に禁止です。説明して一つひとつ納得してもらってくださいね。いいですね? 皆さんが説得できない相手なら私が変わります」
「ちゃんと現場を巻き込むってことですよね。以前、水戸さんが言っていたステップで言うと確か・・・」
「あ、覚えていてくれましたか? 加瀬さん」
「えーと、『巻き込み』のステップでしたね」
「正解。私は、変革プロジェクトを3つのフェーズに分けて考えています」
水戸がそう言うと同時に、黒谷がタイミング良くプロジェクターに資料を映した。


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1準備フェーズ
危機意識の高まり → トップの意思表示 → 変革機運の盛り上げ
2実行フェーズ
体制構築 → ビジョンの周知 → 巻き込み → 小さな成功の積み重ね → 象徴となる成功の経験
3フォローフェーズ
気の緩みを監視 → 次なる目標の設定 → 変革意識の醸成
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「黒谷さん、ありがとう。今、加瀬さんが言ってくれたのは、ここです」
水戸が「巻き込み」の文字を指さした。
「プロジェクトの関係者を巻き込めってことですよね」
加瀬はホワイトボードを眺めた。
「そうです。なぜ関係者たちに『納得』してもらわないといけないのか、ですが・・・、えっと黒谷さん、来週から丸山君来ますけど、この辺をいつもどう表現してますか?」
「丸山は『温度差』という言葉をいつも使っています」
黒谷がそう答えると、1カ月前に丸山と顔を合わせていたメンバーは「なるほど」と思った。
「佐倉さん、現場とプロジェクトメンバーの間に温度差があると、このプロジェクトはどうなってしまうでしょうね?」
「現場が動かない、変わらないってことは、結局計画倒れです」
「その通りです。こんなに皆さんが頑張っているのに、失敗なんて嫌ですよね。目的が達成されなければ、この先の会社は明るくないのでしょうが、それ以上に皆さん悔しいですよね。こんなに頑張ってくれているのですから」
「そうならないためには『温度差』を無くさなければならない、ですね?」
「オッケー、その通りです。風土改革をしようとするときは、現場との温度差を常に感じてください。温度差があるうちは、現場の人間は自発的に変革に加わってはくれません。熱すぎるお茶を飲めと言われても嫌ですが、あったかいお茶なら自然と口にしてくれます。佐倉さんにはきっとそれが理解できているはずです」
その後、プロジェクトメンバーたちとサブメンバーたちとの打ち合わせのスピード感が幾分か落ちた。その代わりに、サブメンバーたちが決定事項について納得感をもっていることが、打ち合わせ後の表情から伺うことができた。
次第に、いや、ほんの少しずつだが風土改革プロジェクトの趣旨を心底理解してくれている、そう思えてきた。
一部を除いては・・・

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