キックオフの会場に40人近く従業員が集まっていた。正確に言えば34人と3人だ。太陽リフォームの役員5人に、風土改革プロジェクトメンバー5人。それぞれのタスクのサブメンバーとして、事前の依頼で各部署からアサインされたサブメンバーが15人、サブメンバーの上司である部課長、店舗の店長が9人。それにフューチャーコンサルティングの営業に丸山、黒谷の3人だ。
ざわめきの中に、シャガールの絵を背にして床井が座っている。その横には杉本と山本がいる。水戸が司会を行い、床井の挨拶と山本の挨拶を順に進めた。
二人が話すその間、水戸はこれから1時間をかけてプロジェクト計画の説明をするのであるが、プレゼンのイメージを頭の中でするわけでもなく、耳から入る床井と山本の声を一言ももらさず記憶するわけでもなく、不思議なことに床井の後ろにあるシャガールの絵を見つめていた。上から時計回りに赤、緑、青、黄色、楽器を演奏する人、ブランコに乗る人、真ん中に白と黒で描かれたサーカスの風景。
「山本本部長、ありがとうございます。それでは次、プロジェクトの説明に移らせて頂きます」
水戸の司会で進行し、その後1月の説明会と同様に目的や背景などの説明を行った。説明の中には、変革に抵抗するモンスターをいくつか紹介した内容も含まれていた。
「以上は、先程も床井社長と山本本部長からもあったように、皆さんに是非理解して頂きたいと思っています。全てにおいて迷ったときはこの目的、ビジョンを思い返して頂きたいです。そして行動は常にスローガンを意識して頂きたいと思います」
続いて、プロジェクトメンバーが作成しコミュニティスペースとポータルサイトで広めたビジョンとスローガン、実行施策の説明を行った。それらを実行すると決まるに至った背景や意義を部屋にいる者たちは頷きながら聞いていた。さらにプロジェクト推進のルールと体制が説明された。
「ここにいらっしゃるサブメンバーの方は、各タスクの中でプロジェクトと現場の橋渡しという重要な役割をお願いしたいと思います。これから実行するプロジェクトが太陽リフォームの『最前線』にいるメンバーに伝わるように、各部署の中で旗振りをして頂きます。そのために必要な権限及びスキルを上司に認められた方々がここに集まって頂いています。新しい風土、新しい会社を作るのは、皆さんの気持ち次第です。我々プロジェクトメンバーは既に覚悟ができています。皆さんよりもプロジェクトメンバーのやる気が無いように見えた場合は、山本本部長や床井社長、それに杉本専務に告げ口して頂いて構いません。叱って頂きます」
会議室から大きな笑い声が漏れた。その笑い声の中で床井が山本にぼそっと言った。
「『末端』と言わず『最前線』か。まったくうまく気を使うな」
「彼は、納会のような大胆なことをやってのけるだけでなく、言葉づかいひとつにも小さな配慮を怠らないですね」
その後も説明が続き、改めてプロジェクトの主たる関係者から自己紹介がなされた。丸山と黒谷の紹介も続いた。
そこで床井が席を立った。
「外部の方と協力してビジネスをさせてもらうことはこれまでも何度もあったが、社内の問題に社外の方を招いて対応するのは初めてのことです。身内の恥を晒すようでお恥ずかしい限りですが、我々と我々のお客様の今後のためにお力添え頂くと同時に、いろいろ勉強させて頂きたいと思います。どうぞ、宜しくお願いします」
そう言い、フューチャーコンサルティングの面々に向かって深々と頭を下げた。会議室の全員がその姿に見入った。頭を戻すと同時に、今度は床井の大声が会議室に響いた。
「さあ、わしの気持ちは正直に言ったぞ。今度は管理職たちにも一言意気込みを発表してもらおうか」
アジェンダには無かったが、床井の一言で、出席したサブメンバーの上司であるメンバーから一言話して貰うことになった。そう言われて慌てた様子になった何人かを水戸は見逃さなかった。
「まずは原沢からだ」床井が原沢を名指しした。
「え、私ですか・・・。突然のことなのでいい言葉が浮かびませんが、えー・・・」
お得意の教科書を棒読みしたような言葉が並んだ。
その後、片山、大海と続いた。大海は水戸と飲んだあの日以降、佐倉の頑張りや酒井や加瀬が積極的に工事管理課のメンバーと議論するのを見続けた後、すっかりとおとなしくなっていた。コミュニティスペースにも何度か顔を出して、プロジェクトメンバーと議論を交わしていた。すっかりプロジェクトの趣旨に賛同しているようだったが、この日ばかりは突然話を振られたのか、本音が出た。
「いったい何が風土改革になっていくのか、完全には理解できていませんが、そうだと思える部分は協力していきたいと考えております。だが、仕事の実態を理解しないままでいたずらに業務のフローや権限を変えることだけはしてほしくない。そこはもっと時間をかけて行うべきだと思っています」
<こだわってるな、大海課長>
水戸には大海の視点は常に特定の部分に集中していることを再確認できた。その発言で場の空気が少し変わったように思えたが黙っていた。正木も大海の発言を聞き、少し変わった空気の流れに乗るように自由な発言をし出した。
「協力はします。工事部からも二人サブメンバーをアサインしていますから、彼らを中心に部内展開の対応を進めさせます。けれども、先日のニュースにもあった通り、ホームライフ21が新製品を発表しています。市場はそれに反応しており、顧客もホームライフ21の新製品群に興味を示しているようなので、われわれも一刻も早くそれに追随すべきかと思います、さらに・・・」
水戸がそこで一言割って入ろうと手を挙げかけたが、勢いよく正木が続けた。
「おっと失礼、今はプロジェクトのキックオフでしたな。この話は置いておきましょうか」
対面的には協力的だが、あとは部下に任せる、自分は面倒に巻き込むなというアピールのように思えた。その後、吉岡も同様のトーンで発言した。コミュニティースペースで話していた内容をそのまま繰り返していた。
<こうも自分の意見を自分の視点だけで話す人がなぜ管理職なのか!>
せっかくすこしずつ作り上げてきたプロジェクトの気運がこの数分の間に冷めてしまったように思えた。しかも今この場はキックオフだ。なぜ今ここでそんな発言をするのか? 珍しく水戸の眉間に一瞬だけしわが寄った。それに気づいたのは二人だけだった。
「貴重なご意見ありがあとうございます。お忙しい中にサブメンバーのアサインをありがとうございます。ご協力も頂けるということで、原沢部長にも正木部長代理にも感謝いたします。まあ、皆さん立場が違いますので、このプロジェクトが常に最優先と言うわけにはいかないと思いますが、それはこちらでうまく調整しながら進めていきたいと思います」
<水戸さんも仏じゃないからな、精一杯の対応だろうな>
加瀬は思った。
管理職の挨拶の後半に、平野やその他の管理職から概ねプロジェクトに前向きな意見が続いたのは幸いだったのかもしれない。水戸の表情はなんとか冷静さを取り戻していた。
「ありがとうございます、いろいろなご意見もありましたが、概ね皆さんがひとつの目標に向かって進んでいけそうだと言うことで、理解させて頂きました。ありがとうございます」
それだけ言って座ろうとする直前、水戸は素早くペンを走らせる黒谷のノートをちらっと見た。発言者とその内容が書かれているようで、その発言の前にいくつかチェックがしてあった。その瞬間、自分が床井と二人で全国行脚してランチミーティングでの従業員たちの発言をメモしたときの様子と重ねた。
チェックは原沢や正木、吉岡など幾人かにつけられていた。黒谷は先程水戸の表情が変わったことに気づいていた一人だ。
「それぞれの部署がいろいろな課題を抱えておることはわかっている。この風土改革プロジェクトだけが今現時点で会社の最優先事項だとは言わない。正木の言う通り、先日の『建築・建材展』でホームライフ21のブースがが大盛況だったのをわしもこの目で見た。競合はどう変わっていくか、それは注意してウォッチしていく必要がある。しかし皆で決めたことは皆で守ろうじゃないか。それが我々の進む道だ」
咳払いをして更に続けた。
「それを守れないものは今後の太陽リフォームの中で遅れをとることになる。それだけは言っておく。おそらく変革に抵抗するモンスターが何匹も現れるだろうが、それは皆でトコトン退治しようじゃないか。マモルゾーもヒヨリミンもムリデスダーも他のモンスターも俺は許さん」
一時、大海と正木が空気をぶち壊しそうになったが、なんとか持ちこたえた。プロジェクトに協力的な管理職に感謝した。彼らを味方につけるための水面下の努力が確かに実っていると言ってもよい。最後は間接的に床井が釘を刺した形になった。
そこまで思って少し安堵を感じたとき、水戸は何かを閃いた。
「あ、あ、思い出しました!」
水戸が突然そう言うので、会議室にいた全員が水戸に注目した。
「床井社長の後ろの絵、正確にはリトグラフですが、題名を思い出しました」
会場に数秒沈黙が訪れて、水戸の次の一言に注目した。
「『大行進』です。シャガールの『大行進』。何かの運命なんでしょうね。これから私たちが風土改革に向けて大きく進んでいくんです。それが床井社長の背にあるなんて、なんという偶然でしょう!」
床井も杉本も山本も後ろを向いた。
「おお、そうか! それはいいな、とんだ偶然もあるもんだ。ははは」
随分と長く床井の笑い声が続いた。
<よし、自分の信じた道を行く。もう一片の迷いも無くなった!>
「よーし、進むか。このプロジェクトで太陽リフォームは新しい会社になるんだ。皆頼むぞ!」
床井がひとつ手を叩いて、その音が会議室に響いた。水戸の閉め言葉で、キックオフの会は終了した。
いよいよ明日から実際のアクションである。
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