第3章
Nothing built in a day
一歩ずつ前に進む
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メンバーたちの作り上げた計画書は社長の承認を得て、晴れてメンバーたちの拠り所となった。さあこれからだという直前、加瀬は佐倉とひとつの重大な約束をすることになった。加瀬はその約束を守れるだろうか? 不安とともに、新たな緊張感の中でプロジェクトはスタートした。黒谷も加わり、ほんの少しずつ、太陽リフォームの中で何かが変わろうとしていた。
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■ネクスト・ミッション
(フューチャーコンサルティングのある大手町のオフィスビルにて)
「黒谷。どうだ?」
「あ、部長っ。お疲れ様です。ええ、すごくいい経験をさせて頂いてます。シンプルで大事な事に気づくことができました」
小田原で老舗の和菓子製造販売会社の事業再生プロジェクトにひと区切りつけた黒谷が書類を整理していると、所属する部の部長から声をかけられた。
「次の内容を聞きたくなる返答だね」
「詳細の報告は後でさせていただきますが、『企業の変革には経営者だけでなく従業員全員の意識が変わる事』これが如何に重要か身を持って知る事ができました」
半年間、フューチャーコンサルティングの事業再生コンサルタントとして、多い時では週に2回の訪問をして、事業や財務のデューディリジェンスに始まり、公認会計士等の他の専門家と連携しながら、途中金融機関との調整も何度も経て、再生計画の策定を行った。その間、支援先の企業内で社長をリーダーとするプロジェクトチームを立ち上げ、従業員を巻き込みながら、全員が納得できる計画に落とし込んで行った。
「それはいい経験をしたね。詳細はまた後ほどじっくり聞かせてもらうとして・・・、丸山から話は聞いたかい?」
「え、何の件でしょう?」
「次の現場さ。今日中に話を聞いておいてくれ。経験の活かせそうな現場みたいだぞ」
「あ、はい。承知しました」
軽く返事をするも、内心、まずはまとまった休みを下さいと言うべきだったと少し後悔した。3月中にまとまった休みをとって、旅行に行く計画を密かに立てていたのだ。黒谷はウェブのスケジュールソフトで丸山の予定を確認すると、あと30分後に社内の打ち合わせが終わる事を確認した。
<よし、仕事の話をする前に休みの話から切り出そう>
事業再生の仕事にはいくつか大事なポイントがある。スピードもそのひとつ。クライアントの業種によっては土日の対応を求められる事も少なくないため、休日返上なんていうのはざらにある。また「意識が変わること」も大事なポイントのひとつだ。大抵の現場では、少しずつ、あの手この手で、決して諦めず、クライアント企業の社長だけでなく、末端の従業員まで関係者全員の意識をコンサルタントが変えていく必要があるケースが少なくない。なぜなら、従業員の意識を変える事のできない社長がコンサルタントにそれを期待するからだ。
そんな現場を担当するコンサルタントには、タフな体と心が求められる。何かにつけて悲観的で文句や否定的な発言ばかりする人間を相手にし続けるのは、相当な忍耐力必要なうえ、どうすればその相手は変わってくれるかは十人十色であり、一筋縄ではいかないところがなんとも難しい。
やっとのことで社長や従業員の気持ちが変わってベクトルが一致すると、企業は再生の道を進み出すのであるが、一方でコンサルタントは身も心も尽き果てる。こちらの前向きな気持ちや気力が全部吸い取られたのではないかと思う事もある。
今回はじめてメインで担当した現場だっただけに、その疲れは相当のものだったようた。黒谷はしばしの間、机に向かって魂の抜けたようにしていた。
「おいっ、どうした? 気の抜けた顔して」
打ち合わせを終えた丸山が黒谷の後ろを通りながら、書類をポンと机に置いた。
「あ、すみません。丸山さん、来週から少し休みもらえませんか?」
「勿論そうしてくれ。一週間でも二週間でも好きなだけどうぞ」
<あれ、意外にすんなりOKが出たわ。言ってみるものね>
「なんだ、今度は拍子抜けしたような顔して。客先で見せる生き生きとした顔とはまるで別人だな」
丸山は笑いながら自分の席に腰かけた。
「あのー、丸山さん。この書類は何でしょう?」
黒谷は机に置かれた数枚の書類をパラパラめくりながら、丸山の方に顔を向けた。
「少し、仕事の顔に戻ったな。それ、休みの間にちょっと目を通しておいてくれよ。是非とも君にやってほしい仕事なんだ。今抱えている他の案件は他に引き継いで、専任でやってもらう予定だ」
「え、そんな勝手に決められても困りますよ。クライアントにも説明が必要です」
「大丈夫だ。他の者には引き継ぎの話はもうしてある。それに、いつまでも同じレベルの仕事を続けていても君の成長にならないしね」
「はあ・・・」
次はどんな仕事をすべきか、いつも自分の知らないところで決まってしまっていることに少し不満があるが、この次に発せられるだろう丸山の言葉を思い出すと、その不満を押し殺さざるを得なくなる。
「自分の・・・」
丸山がひとつ咳払いをして何か言葉を続けようとしたが、黒谷がそれよりも大きな声で言った。
「『自分の価値は他人からの期待で決まる』ですね、わかってます。もちろんやらせて頂きます。ですが・・・」
「わかってるよ。休暇届け、出しておいてね」
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