風土改革プロジェクトのメンバーたちは、諸々の議論や従業員たちとのコミュニケーションの後、一部の実行施策の範囲を調整し、初めに挙げた11個の実行施策に対応することで、プロジェクト計画書の最終作成に取り掛かった。さらにサブメンバーのアサイン依頼など、重要事項の追加もあった。
その二日後、プロジェクト計画書がまとめられ、山本へのレビューが行われた。
「そうだね、ここは無理しないほうがいい」
「⑤全店舗でのデータ項目の統一」と「⑥データの発生時入力、重複入力が必要な帳票のカット」のところは、サブチームに情報システム部のメンバーを加え、外部の専門家を活用したうえで現状分析と新モデル案、つまり、業務フロー、データベース、利用帳票のあるべき姿の設計までを行うこととした。
「水戸さん。この部分、信頼に足る外部専門家はいるのかな?」
「ええ、私の前職の会社なのですが、システムとビジネスの両面に強いコンサルタント部隊があります。そこにリフォーム業界に強いコンサルタントがいるので、彼にお願いしたいと思っています」
結局、酒井と加瀬はいくつかのシステムベンダーとの商談を進めた後、水戸からの紹介で丸山の所属する会社にも依頼をかけることになり、そこから最終的な決断を下した。
「わかった。そこはプロジェクトにまかせよう。後もうひとつ。スケジュールのことだが、9月の移転完了をゴールにしなくてもいいと私は思ってる。移転直後はバタバタするだろうし、落ち着くまで時間も必要だろう。その後、風土改革で手をつけた所が落ち着かせるまでをプロジェクトで面倒見てほしいんだ」
「わかりました、スケジュールはそれに合わせて修正します」
「あとは、プロジェクトメンバーが各タスクのリーダーになるのであれば、プロジェクトの事務局がいるね。社内にめぼしい人間がいなければ外部から調達してもいいよ」
「そうですね、そういうプロジェクトに慣れている人がいいですね。探してみます」
その後いくつも質問にやり取りをした後、山本が大きく頷いた。
「うん、OKだ。よくできているね。この内容で役員会議で承認をもらって、いよいよキックオフだ。予定よりも1カ月早いのかな?」
「はい、予定では3月末まで検討・設計で4月上旬にキックオフでした」
「年度内にスタートできるね。OK、このままいこうよ。皆これからが勝負だ、気を抜かずにね」
その日は3月5日、キックオフの10日前であった。
「この通りやらせてもらいたいと思います」
役員会議にて、一通りプロジェクト計画書を説明した山本が最後に付け加えた。
実行施策の内容はもちろん、サブチームを作ってそこに各部署からメンバーをアサインしてもらうことも役員会議にて合意を得た。野畑の若干の反対も無くはなかったが、床井と杉本に睨まれて終わった。各部、各課へ責任をもって周知徹底できるメンバーをアサインしてほしいという条件も呑まれた。
「しかし、なんだ。コミュニティスペースの設置は成功だったな。いい意見もそうでないものもあったと思うが、ティーディスペンサーを設置して非喫煙者の休憩所としたところがよかった。そうでなければ、あんなに人は来なかっただろうな。まあ、わしも杉本も喫煙者だが。なあ、杉本」そう言って豪快に笑った。
「うん。水戸プロジェクトマネージャーが私の所に『変革マップ』なるもの数枚と、それにもう1枚紙を持ってきて説明してくれんだよ。風土改革のために本社内のいろいろな壁を取り払っていきたいとね。それには物理的な壁もあれば論理的な壁もあると言うんだ。論理的な壁の例として『喫煙者と非喫煙者の間の壁』を挙げた。非喫煙者は喫煙ルームから戻ってくると残臭を部屋にまき散らす。嫌煙者はただでさえそれを嫌う上に『なんで喫煙者は一日に何回もサボってるんだ』という不満があると言っておった」
「それはわかりますね。私も最近は人の煙が気になりますから。研究所でも喫煙者は少なくありません。その部下が言う『これはサボりじゃない、喫煙ルームで情報交換だ』という内容も理解できなくもないですが、あまり回数が多いといいかげんにしろと言いたくなりますよ」
鳴海はもう何年も禁煙している。娘に「くさい」と何度も言われ、医者にも言われ、やっと禁煙した。最近は部下にも禁煙を勧めている。
「そうだろ。その両者の言い合いは解決できないから、非喫煙者向けの休憩ルームを作ってくれと水戸プロジェクトマネージャーが言ったんだ。さらにキックオフ前の意見交換としてプロジェクトの参画意識を高めたいと言われれば否認などできんよ。もう1枚の紙は稟議の下書きだった。ご丁寧に業者の見積もりも取ってあった」
「用意がいいですね、うちの営業部隊にも学ばせたい周到さだ」
野畑は水戸の周到な準備にただ感心した。
「このプロジェクト計画書もよくできてるじゃないか。これまでも小さなプロジェクトはいろいろあったし、しっかり書かれた計画書もいくつも見たが、この計画書は見事だな。未来を具体的に書くんでなく、未来に進んでいくための進み方を具体的に書いてある。そして進み方が外れた場合の対処、外させない方法が盛り込まれている。我々が承認すれば強力な拠り所になるぞ」床井がうなった。
「山本。これが、なんだ。あの、ぴん・・・なんとかってやつか?」
「『PMBOK(Project Management Body of Knowledge:プロジェクトマネジメント知識体系ガイド)』ですか。そうですね、項目はそうですが、苦労した経験で水戸さんなりにカスタマイズされてます。想定リスクと対応の所なんて、いくら座学をしたって書けないような内容ですよ。過去の彼の経験が滲み出てますね」
「なるほど。しかし、水戸君はなかなかの策士だな」
「そうですね」
きっと床井の独り言ごとなのだろうが、山本がそれに反応した。
「事態が自然といい方向に進む事なんてない。誰かがストーリーを仕組まなきゃならないのだ」
今度も独り言なのだろうか、床井が席を立って窓の外を見ていた。今度は山本は心の中で反応しただけだった。
<そもそもこの変革を仕組んだのは、床井社長あなたですよ。あなたも十分策士です>
「それと、山本。先日のホームライフ21の件、どう思う?」
「お客様の施工会社決定要因は、商品力だけではありません。それは統計データからも読み取れます。健康や省エネ、最低限のカテゴリを追加して確実に商品を構成する。今までのやり方がぶれるほどのインパクトは無いと思ってます」
「私もそれは同意見です。今日も午前中に、正木部長から例のごとく提案がありましたが、なんとも納得いきませんね。どうもホームライフ21はここにきて突っ走り過ぎる気がします。展示場の土地もどうやら買い上げのようです。考えらません」
地方の店長やブロック長の情報収集でわかったことだ。ホームライフ21は、右肩上がりの好調な経営の中で、設備投資を積極的に行っているようだった。
後半は、「建築・建材店」の話とホームライフ21の話に移ったが、ついに役員会議で風土改革のプロジェクト計画について承認が出た。
プロジェクトメンバーが揃った会議室で、山本がプロジェクトメンバーに役員会議での説明内容を伝えた。
「承認してくれたよ。みんなよくここまでまとめたね。これまでにないいいプランだと、床井社長が褒めてくださった。よくやってくれたよ、さすがだね」
「やりましたね。毎日遅くまで頑張りましたし、頭がパンクするんじゃないかってくらい考えましたよ」
加瀬がガッツポーズをしてみせた。
「特にこの健康管理の部分いいじゃない。『無理は病気の直前まで。症状・兆候がある場合は申し出て、きちんと治療をすること、休みを取ること』っていうのがいいね。うちにの古株には体調壊しても頑張るのが美徳だと思っている人もいるからね。酒井さんなんか要注意だな」山本がちらっと酒井の方を見た。
「え、自分ですか? あはは、店でずっと鍛えてきましたから大丈夫ですよ。ちょっとやそっとのことじゃ倒れませんって」酒井が胸をドンっと叩いてみせた。
「まあ、みんな。この計画書に書いてある通り、体調だけは自分でしっかり管理してください。これは約束だ。いいね?」
メンバー全員が頷いた。
「あ、それと、キックオフの日程が決まったよ。3月の第3月曜日、3月15日です。さん・いち・ごーで『さあ、行こう』って感じかな」
「山本本部長、それはオヤジギャグですか・・・」酒井がすかさずつっこみを入れた。
「あはは、私はもう50のオヤジだからね。オヤジのギャグだから間違いなくオヤジギャグだ。あ、酒井さん。『さん付け運動』守ってね」
「あ、そうでしたね。では山本さん・・・、なんかいきなりは慣れませんね」
「呼び方なんて、1週間もあれば慣れるさ」
「よし、今日はみんなに御馳走させてくれ」
「やったー!」
加瀬が再びガッツポーズした。今度は水戸も酒井も石沢も同じポーズだ。女性陣はかわいい拍手で応えた。今このときだけは、日々の緊張の糸がほぐれた様だった。
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