企業変革 連続小説 「Break your shell」 30

■建築・建材展

まだ寒さの残る3月の初め、東京ビッグサイトでは「建築・建材展」を含む多くのイベントが同時開催され、連日数万人を超える入場者で溢れていた。今年はリフォームに関わる建材や建築技術だけでなく、健康・省エネ関連製品や防犯をテーマとした製品の展示ブースが多くあり、その間を人が途切れることなく回遊している。
床井と山本は業界動向及び新製品に対する消費者の反応の確認のため、開催二日目の開場間もなく訪れていた。ホームライフ21のブースにはスーツとユニフォームを着た従業員が周りを取り囲んで、通行スペースを行く来場者に積極的にパンフレットを配布している。
「どこも盛況だな」床井が辺りを見渡して言った。
「あそこ、特にホームライフ21は人の入りが多いようですね」山本がホームライフ21のブースを見つけた。
「うむ。出入りしている人たちをよく見ると、この首からぶら下げる入館証の色が違うんだが、何か区別があるのか?」
「ネットで事前登録をしたのですが、業種によって区別されているみたいです」
「なるほどな。ということは企業関係者が多いんでないか?」
「そうかもしれませんね。まあ工務店のおやじさんとその奥さんという組み合わせもちらほら見かけますが。もしかしたら一般消費者として参加かもしれません」

「山本、ここでの展示がどれだけの宣伝効果を生むと思う?」
「どうでしょうかね。直接ここで商談が成り立つケースは少ないでしょう。見込み客のリスト集めにはいいのでしょうが、それだけならもっと効率の良いやり方もあるでしょう。マスコミに取り上げられればそれなりの効果は期待できる。それくらいの言い方しかできませんね」
 昨年の秋の時点で、工事部は動向調査の一環として「建築・建材展」の出展要項を入手していた。出展自体の費用は想像の範囲内の金額だったが、太陽リフォームには自社単独でのイベント運営のノウハウは無く、こういったイベント運営を専門とする業者に協力を依頼することが必要と思われた。正木が業者から見積もりを取ると総額5百万円は下らないという。それでも正木は野畑へ出展の希望を伝えたようだが、効果としての情報が少なかったため、判断に迷ったあげく出展を見送った。野畑は山本へも意見を求めたが、同様の意見を返していた。
「まあ、そうだろうな」
床井が腕を組んでホームライフ21のブースを見た。すると、その中から紺色の生地に白いストライプのスーツの男性がこちらに向かって手を挙げた。
ホームライフ21の代表取締役社長、矢ヶ崎である。ブースの周りでパンフレットを配布する人の間を通って、こちらに向かってきた。







「やあ、どうも床井社長。いらしてたんですか?」
「どうも、ご無沙汰しております。矢ヶ崎社長。盛況ですな」
二人が手をがっちり合わせて握手を交わした。
「おお、山本取締役も。ご無沙汰ですな」
「お久しぶりです、矢ヶ崎社長」続いて山本も握手を交わした。
 床井と山本は矢ヶ崎と面識があった。特に床井は矢ヶ崎とはプライベートでも顔を合わせている。お互いを競争関係と認識するふたつの企業の社長が、偶然にも同じ店でスーツを仕立てている。店の中で顔を合わせば微妙な距離感を保ちながら、差し障りの無い両社の近況など軽い会話を交わす。
「床井社長、いいスーツですな。私はこのイベントのために新調しましてね」
「矢ヶ崎社長も若く見えて素敵ですよ」
「ありがとうございます。こんな所で立ち話も何ですので、どうぞこちらへ。このイベントは歩き回らないといけませんからお疲れになったでしょう? どうぞどうぞ」
そう言うと、半ば強引に接客スペースに通された。
<今日はやけにご機嫌だな>






 仕立屋で顔を合わせるときの矢ヶ崎とは違って、やけに饒舌に話す様子を少し不思議に思いながら床井は黙って聞いた。
「これからは、多種多様になったお客様のニーズをね、全部拾っていきますよ。時代の流れに乗り遅れずに新商品を次々に投入していきます。ご覧になられてお分かりになると思いますが、これをメーカーとの提携で実現していきます。今後、地方に作った展示場にも、どんどん新商品を展示していくつもりですわ。それに・・・」
 次第に前のめりになり、油ギッシュな顔が近づいてきたかと思ったが、勢い良く話を出しきったところで、背もたれに深く体を預けながらペットボトルのお茶を口にした。
「結構でございますな。地方の展示場も連日お客様が入っているようで」
「展示場にも足を運んで頂いたのですか?」
「いやいや、うちの店長たちがお邪魔させて頂いているようです。偵察といったところですかな、ははは」
 言ってみればここは敵地だ。敵の総大将の前で、相手の言いたいことだけを聞いているわけにはいかない。そう思って床井が大声で笑った。
「床井社長が地方に出張に行かれるときはおっしゃってください。案内をつけますので。おっと、お客様へご挨拶をしないと、では私はこれで。また仕立屋でお会いしましょう」
「そうですな。私は若づくりが意味の無い年ですからな、落ち着いた感じで仕立ててもらうことにしますわ」

 その日の夜、テレビのニュースで「建築・建材店」の様子が紹介されていた。住宅の長寿命化を国が政策として推奨する中で、新築着工件数の大きな伸びは期待できず、住宅リフォーム市場が注目を集めている。その規模は7兆円、部材市場だけでも1.5兆円とも言われ、相次いで企業が参入を続けているという内容の説明があった。続いて注目されるキーワードとして、「健康」、「省エネ」といった商品を扱い顧客ニーズへの対応を測る企業としていくつかの企業が紹介された。その中で最も長い尺を取ってホームライフ21が紹介された。矢ヶ崎が紺色の生地に白いストライプのスーツで、アナウンサーのインタビューに応えていた。話していた内容も一部はカットされたのだろうが、接客スペースで話した内容そのままだった。
 自宅で夕飯を取りながらテレビを見る床井は、箸を止めて今日の出来事を思い返していた。
「あなた、これ矢ヶ崎さんじゃない?」
床井の妻がテレビ画面に映る矢ヶ崎に気づいた。
「ああ、今日午前中会ってきた」
「そうなの。どうだった?」
「どうなのって、漠然とした質問だな」
「いいこと言ってるわよ、太陽リフォームとしてはどうなの? 近所の方が『ホームライフ21の展示場に行ってみたい』って言ってたわ」
「ああ、そうだな。お客さんがホームライフ21に流れている感じはしとるよ。お前はどう思う?」
「そうね。商品がいいからってそれだけで施工会社を決めたりはしないわね。奥様方はね、男連中が思っている以上に情報網を持っているのよ。あの会社の営業はどうだったとか、施工はどうだったとか、マナーはどうだっただとか、結局そういう噂に縛られちゃうわよね。私らみたいな年寄りは、インターネットなんて使わないからねぇ。ご近所様の噂が一番の情報源なの」
「いい意見を聞いたよ。ご飯おかわりいいか?」
「あら、めずらしいわね。どうぞ」
 ニュースはスポーツに変わっていた。
<似合わんスーツは着れんな。会社も同じことか。俺は俺たちのやるべき事をやるさ>

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