翌日にはタスクリーダーが決められ、水戸から今後の段取りについて説明がなされた。実行施策を実際に進めていくための段取り、つまりWBSを作成するのがその主な内容だった。必要な作業項目の洗い出し、物品が必要であればその調達方法、ソフトウェアやサービスの利用が必要であればその調達の段取り、外部業者の活用、全てを考える必要があった。さらに並行して業者から調達物の見積もりも取得することもそれぞれの担当ごとに実施することとなった。
ほぼ全員のメンバーが慣れない作業のために、初めはスムーズに動き出せなかったが、そこは選ばれたメンバーである。ところどころ水戸がサンプル資料や過去の例示をして手ほどきをすると、まもなくWBSが完成した。
しかし、外部業者との交渉についてはそうはいかなかった。特に実行施策「⑤全店舗でのデータ項目の統一」と「⑥データの発生時入力、重複入力が必要な帳票のカット」を担当することになった酒井と加瀬は、リフォーム工事の情報システムを取り扱う会社の候補をいくつか上げ、相談を含め外注業者の選定をしようとしていた。
これまでの検討で、データ項目をどう統一すればよいか、最低限必要な帳票はどれで、そのためにどういう業務フローにすればよいのか9割方考えがまとまっているため、RFP(Request For Proposal:提案依頼書)を作成してこれを基に情報システムベンダーから提案を受ければよいのだが、そこまでの時間はとれずに、手持ちの資料をその場で説明しながらの商談となった。
商談は情報システムベンダー側の営業の独壇場だった。挙句の果てに、太陽リフォームが採用したとなれば、事例紹介としてそこそこ話題性のある内容になるはずだ、そう思った営業が工事統合パッケージシステムの導入を強く進めてきたのだ。
「我々としては是非ともこの工事統合パッケージシステムの導入をお勧めいたします。30社以上の導入実績を基に精錬されたベストプラクティスの業務フローを組み込む事ができます。まあ、御社の今後変更される業務フローであればギャップも少ないと思われますし、カスタマイズも少なく導入費用も抑えることができますよ。ただ、現状分析をさせて頂く必要はあります。ユースケースシナリオ・・・、ER図が・・・、リソース系エンティティが・・・CRUD図は・・・」
酒井と加瀬は困惑した。相手が何を言っているのかわからない。システム的な専門用語を使わない説明を求めると、今度は営業が困惑した。
「ベストプラクティスを参考にすることも重要です。我々も他社の業務フローはなかなか目にすることはありませんからね。ただ、この部分がなぜ必要なのか弊社の風土改革プロジェクトの背景や思いを理解して頂けると、嬉しいのですが・・・」
営業はそれを理解したような言葉をさらっと発したが、二人には表面的な言葉にしか聞こえなかった。知識が不足しているせいかと思い、毎日の検討会の合間を縫い、自宅に帰った後は情報システム導入に関する書籍を読み漁り、情報システム部に出向いては、平野の意見を参考にしたりと、彼らなりの努力をしながら、システムベンダーとのやり取りは5社、数回続けられた。
その状況は検討会の中でプロジェクトメンバーへ共有され、水戸も何か考えているようではあった。
一方、「②ペーパレス化」と「⑨部署ごとの壁の撤廃」の実行施策については、移転先のビルの候補を選定している小泉のチームとも連携を取る必要があった。これを担当する加瀬と佐倉は、社屋移転プロジェクトのチームメンバーとの調整に奔走していた。
「①ホームページへお客様の声を掲載」の実行施策を担当する石沢は、店舗への調整を行っていたし、自分が担当したお客様へ電話をして訪問することもあった。同時に石沢は石井とともに、「③情報共有サイト」の構築のために、平野から社内情報システムについての情報収集を行い、同時にFAQシステムやグループウェアやSNSなどのコミュニケーションツールについての情報収集も始めた。
また佐倉は、人事課のメンバーと現行の評価制度についての話をしながら、並行して人事労務を専門にする外部のコンサルタントとの商談を続け、太陽リフォームに最適だと考えられる評価制度の理解とその導入の段取り、その後の運営方法などを調査していた。
皆、遅くまで残るようになった。夜の帳が落ちて社内に誰もいなくなっても、会議室に残るもの、自分の席で資料を広げるもの、時間の過ぎるのも忘れて一生懸命だった。
水戸はメンバーにひとつ言い忘れていた。WBSを作る際、なるべく社内のいろいろな人と話をするように言うつもりだった。プロジェクトメンバーがいよいよ動き出した、何か始まるぞと言う雰囲気が社内に充満すること自体、意義があることだからだ。従業員たちはそこに注目し、社内のいたる所で話題が弾みだす。そんな狙いがあったのだが、それを伝えるまでもなく、メンバーたちは社内どころか店舗も含めて、まるでコミュニケーションの伝達物質のように振る舞っていた。
丸山に返信したメールにレスがあって久しぶりに会うことになった。
場所は「さをり」。多摩センター駅のほど近い所にある。待ち合わせの時間に30分も早く着いた水戸は、シンプルな打ちっぱなしのコンクリート壁に挟まれるような狭い階段を下りて行った。
<丸山君に会うのもそうだが、『さをり』に来るのもしばらくぶりだな・・・>
そう思って前回来た時期を思い出しながら、ドアをそーっと押した。半分空いたところでちょっと中を覗き込んだ。
「あら、水戸さん!おしさしぶりー!」
水戸とカウンターの向こうにいたママの沙織と目があった。完全に姿が見えないうちに、沙織は水戸と認識して声をかけた。
「沙織さん、今日待ち合わせなんだけど良いかな?」
「どうぞ、今日は見てのとおりよ」
カウンターに数人、あとは4組も入れば一杯になる広さのスナックだ。スナックとっても古臭くもないし、時代遅れの感じもしない。外から続く打ちっぱなしの壁に、深緑色をした本革のソファー。各テーブルの下には黒いバッファローの丸革が敷かれている。雰囲気はスナックというより、バーに近いのかもしれない。今日は平日の早い時間にもかかわらず2組の客が入っており、それぞれのテーブルの上で上品な仕草で女の子がお酒を作っていた。
「水戸さん、元気してた? 前回はいつ来てくれたか覚えてる?」
「そうだね、本当にしばらくなんだよね。あのときは確か寒かった。それは覚えてるんだけどな」
「前回は2月よ。だからちょうど1年ぶりね」
「さすが沙織さん。記憶力は相変わらずだね」
「ふふん。お客様の情報だけはなぜか頭に残るようにできてるのよ」
沙織がちょっと得意げに口角を上げた。
「それはそうと調子はどうなの?」
「おかげさまで毎日暇ってことは無いわ。口コミでお客様が宣伝してくださってるの。仙台や大阪からも出張のついでにってお越し頂くこともあるわ。水戸さんのおかげね」
「いいや、私はちょっとアイデアを出しただけ。それを実現した智子ママと沙織さんの実行力の賜物だよ」
「また謙遜しちゃって」
そう言いながら、沙織がジンライムをすっと差し出した。
「これでいい? 後、こっちはどうする?」
「ありがとう。えーと、そうだね。ロミオの2番」
もう9年も前になる。水戸が30を過ぎた頃、チーフコンサルタントになって初めて担当した案件だった。立地の割には客の入りが悪く、たまに入る客もその後常連になることはそう多くはなく、昔からいる地元の人、近くの会社の中年サラリーマンが飲み直しとして時折来るくらいだった。さらに、駅前の通りには当時賑やかなクラブが次々にオープンし、駅からの人の流れがそこで止まった。さらに雑誌広告を出してもアルバイトの女性がなかなか確保できない。取り立てて特徴のないそのスナックは当然のように財布にやさしい料金設定にするしかなく、おせじにも繁盛しているとは言えない、そんな状況だった。店の女の子も5人が交代で入っていて、基本的にはママと女の子が常時二人のシフトで運営されていた。
当時のママは50代後半の元気で明るい感じの人だった。旦那は居酒屋を経営し、昼間はランチをやり、その手伝いや夜の営業の仕込みをママが手伝っていた。しかし還暦の60が見えてくると、急に体調を崩してスナックのカウンターに立つ日もまばらになった。だからママを目当てに来る客の足も遠のくようになっていった。そのタイミングで体調的にも経営的にもママを心配した旦那が、専門家への相談を勧められたこともあり、スナックの経営支援を水戸のいた会社に依頼することになったのだ。そこでアサインされたのが水戸だった。
短期的な立て直しのために無駄な物はことごとく捨てた。女の子の稼働率を高めることを優先し、携帯サイトを作って女の子の出席状況を顧客に通知するなど、販促活動も強化した。さらに店のコンセプトを明確に位置付けることで、顧客層の特定と固定化を図ることとした。電飾や派手な女の子でキラキラさせるのとは対照的に、建物の様相を活かしたシンプルな雰囲気作りで静かに過ごせるようにした。さらにゆっくりできる空間の象徴として葉巻やドライシガーを置くことでそれを実現した。そして店からカラオケはなくなり、安酒も消えた。
全体的な店の改修にはそれなりの投資が必要だったが、運営改善の結果、客単価は上がり利益率も改善に向かった。誰が付けたか「姉さんと楽しむ葉巻スナック」として人に知れることとなった。
徐々に客層も変わり、変わると同時に常連も増えて葉巻好きのコミュニティとなった。昔からいる女の子たちはママを慕ってそのまま店に残り、いつしか平均年齢も30間近となり、姉さんと呼ばれるに相応しい振舞いも身についていた。旦那もママもそれでよかったと思っていた。
そこまで辿り着くのに旦那との議論は何度となく続いた。もちろん衝突もあった。それでも水戸のひた向きな姿、他人のことに本気になる姿にママが徐々に惹きこまれていったのだ。
「水戸君の提案にのってみましょうよ。私もそうしてみたいわ」
そう言ってくれた2年後、智子ママは亡くなった。
店の女の子の一人が沙織であった。そして店のコンセプト変革のために、葉巻について勉強し、お客様へのこまめな連絡などで客離れを食い止めた影の立役者が沙織だった。さらに智子ママの病床中に代理で運営を切り盛りしていたのも沙織だ。そんな彼女に2代目ママとなることを社長である旦那がお願いした。智子ママを一番に慕っていた沙織は、この店を継続させたい気持ちを誰よりも強く持っていたのであるが当然不安だらけでもあった。それをわかっていた社長が水戸に継続的な支援を依頼したのだ。
店が堅調な運営を続けるようになると、経営権を沙織が取得することとなった。そのタイミングで店の名前も変えた。その間2年間の支援だったが、始めから終りまで店にとってみては変革の連続だった。
ロミオが半分になった頃ドアが開いた。
「やあ、水戸さん、久しぶりです!」
丸山が笑顔で水戸に握手を求めて駆け寄ってきた。
「丸山君、元気そうだね!」そう言って水戸もがっちり握手をした。
「沙織さん、ギムレット。沙織さんも好きなのどうぞ。3人で乾杯しよう」
すぐに二人の懐かしい話が交わされ、酒とともにひと昔前の記憶の中に旅して行った。置き皿に置いた葉巻の煙が揺らいでいた。次第に話は最近のコンサルティング事情の話になり、リフォーム業界の動向の話になり、やがて水戸のプロジェクトの話になった。二人の話は難しいのだが理解しやすかった。沙織は水戸に経営のこと、物事の考え方のイロハを教わったときのことを思い出しながら聞いていた。
「へえ、面白いじゃないですか。水戸さんの強い分野ですよね。トップがほぼ全員その気になってくれてるっていうのは心強いですね」
「そうなんだ、ただちょっとシステム面の所が弱くてね。プロジェクトメンバーの中にシステムに明るい人がいないんだよ」
「その人選は誰が?」
「自ら手を上げさせたように、社長が仕込んだのかな」
「仕込みは水戸さんの得意技じゃないですか? 実は水戸さんも絡んでいたんじゃないですか?」
そう言って丸山が水戸を肘でつついた。
「あはは、そこには仕込みはなかったね」
「今どれくらいまで進んでますか? 引越しは9月なんでしょ。そんな大げさなことはできないと思いますよ」
「来月キックオフを予定してるんだよ。今は計画をまとめにかかってる真っ最中」
「その計画に従業員たちは、どれだけ興味を示してますか? 僕が担当するプロジェクトでは決定事項を打ち上げる前に小出しにステークホルダーに周知させてますね、意見を募った形にしながらね」
「それは参画意識を高めるためだよね。いや待てよ。その言い方だと、決定プロセスに参画させたという既成事実を作り上げるためかな」
「水戸さん、相変らず切れますね。その通りです。我々の所で扱う工事統合パッケージシステムの適用範囲が広がってきたっていうのもありますし、当然ステークホルダーの数も増えてきたっていうのも背景にはありますね。巻き込む人の数が多ければ、それだけで決定事項に辿り着くまでに時間もかかります。ただし全部じっくりと聞いて理解して対応してあげることは不可能です」
「だから、あなた方の意見は聞いたよ。それを踏まえて考えたよ。そして決めさせてもらったよ。そんなプロセスを踏む必要があるってことだね」
「そうです、僕は最近それを『仕込み』って呼んでいます。ユーザ側でそのプロセスをやってもらって、抵抗者の早期炙り出しと大方の了解を得るための効率的な方法だと思っています」
「なるほど、ユーザ側の一部の体制だけでなく、関係者全員のコンセンサスを得るってことだね。ユーザ企業内のどこにキーマンがいるのか、ユーザ側のプロジェクトメンバーがそれを把握していないケースは確かに昔からあったね」
「そうですね、プロジェクトメンバーがなんとなくやった気になって、なんとなく開発を始めるんですけど、後になってここが違うとかこんなの聞いてないとか聞こえてくるんです。こうなったら失敗プロジェクトまっしぐら。相変らずシステム導入の成功確率は3割って言われ続けてますね」
「要件定義のプロセスは『自己満足』に注意ってことかな」
「そうです。まあ、『仕込み』のとこだけ切り出して話すと、乱暴な意思決定方法に思えますが、当然その裏では必要な人と必要な議論、プロジェクトオーナーの同意は得ているわけですからね。両方が揃ったところで、ズドンと結論を落とすんです」
「なるほど。参考にさせて頂くよ、丸山君。さすが現役だね!」
「えへへ、水戸さんに褒められると今だに嬉しいですよ」
水戸は落ちそうな灰をそのままにして少しふかした。
二人で仕事していたころ、お互いから刺激を受けあったのは確かだが、丸山は水戸のぶれない心を羨ましく思っていた。当時の水戸の上司が、リスクを取らないことを優先し、顧客の真の思いは理解しようとしない自社都合の経営改善プランへの修正を求めると、水戸はそれを合理的な説明の上でつっぱねた。
結果、水戸の仕事は必ずお客様の業績を良くし、「本当にありがとう」と言われるのだが、上司からの評価は低かった。顧客の業績が上がらなくても上司の言う通り計画を修正し仕事をすすめるイエスマンが水戸よりも早く出世した。水戸と一度でも一緒に仕事をした経験のあるコンサルタント仲間は、水戸と仕事をすることをその後も喜んで続けたが、その上司から依頼される別のコンサルタントとの仕事は失敗が続くようになり、次第に水戸の会社との取引も少なくなっていった。
水戸は自分の会社のチェンジをできぬままコンサルタント会社を去った。それが心残りでもあったが故、独立してやっていける実績と人脈ありがながらそうしなかった。沙織と丸山にこの場所で一度だけ話したことがあった。
「私も水戸さんに褒めてもらいたいな。だってもう8年近くもママ役頑張ってるんですもの。お店もこの通り繁盛してるしね」
そう言われて後ろを振り向くと、もう二組の客が入っていてテーブル席が埋まっていた。
「だめだよ、沙織さん。もうお酒も入っちゃったから経営相談はできないよ」
「沙織さん、そろそろもらおうかな。今日はコイーバのシグロにするよ」
「はい、2番でいいかしら」そう言いながら、シガーカッターも合わせて差し出した。
「水戸さん、その風土改革プロジェクト、絶対成功させたいですね」
丸山が葉巻のキャップをカットしながら言った。
「そうね、いつかここで私たちに話してくれたこと、今がまさにそうね」
沙織の記憶には、その昔、失敗プロジェクトを反省しながら、グラスを見つめて「心残り」だと言った様子がはっきりと残っていた。組織人とのしがらみや自分の弱い心のせいで、水戸が率いた経営改善プロジェクトを失敗させてしまった夜だった。担当した会社はその後消滅した。
「そうなんだ。リベンジかな。みんなには言ってないんだけど、各々がそれぞれ過去を背負って『チェンジ』に臨んでいる」
「でも、それは口にはできないわよね。リーダーだから」
「沙織さん、なんでそう思うの?」丸山が不思議そうな顔をした。
「成功する組織は皆非情。馴れ合う必要は無いの、そこに隙ができるから。特にリーダーは孤独ね、仮面をかぶり続けなきゃいけないんだから・・・」
そう話す沙織の顔は、普段のママの顔ではなく経営者の顔だった。
沙織は決して楽ではなかったこの数年を振り返った。ソファーで談笑する女子たちは、水戸の知る昔の面子ではない。智子ママを慕った仲の良かった同僚を切ったのも沙織だ。水商売に生きる女たちだ。仲良しクラブで店が繁盛するほどこの世界は甘くない。
水戸は数秒の沈黙にそれを感じた。沙織もきっと想像以上の苦労をしてきたのだ。
「プロジェクトのメンバーには強くなってほしいと思ってるんだ。頼れる人がいると思うと人は簡単に弱くなれる。自分が最後の砦だと思って仕事に臨むとき、視野が広がり、視座が高くなる。そして大きく成長する」
「そうですね、素の自分のままでプロジェクトをきっちりマネジメントできる人なんて見たことないしね。それにメンバーが弱音を吐いてばっかりじゃ到底成功しない。弱音や愚痴は周りに伝染するし、人が自分の弱い部分を口にしだすとチームは揺らぎ始める。僕もそれくらいは理解できます」
「そのためにこういう場所が存在するの。弱音も愚痴もここで吐いてちょうだい」
その後も丸山の葉巻の火が消えるまで、久しぶりの3人の会話が続いた。
copyright (C) 2012 Noriaki Kojima. All rights reserved.
許可なく転載を禁止します。
続きはこちら
↓ポチんと押してください
中小企業診断士 ブログランキングへ
↓こちらももひとつポチんと!
にほんブログ村
↓そーっと押してみる
