企業変革 連続小説 「Break your shell」 26

■そっけない背中

 それから三日が経過し、優先的に対応すべき課題のグループが選択された。さらにそれぞれの課題に対し、具体的な実行施策がいくつも検討され評価された。ひとつの課題に対して実行施策にいくつかの選択肢がある場合には、合目的性、効果の大きさ、必要な時間、対応の難易度、コストの項目で評価して選択した。
それからメンバーたちは、各課題をある程度の粒度で分類し、BSC(Balanced Scorecard:バランス・スコアカード)のフレームワークを使ってそのつながりを明らかし、その上で優先的に対応すべき事項を導き出した。

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○実行施策
① ホームページにお客様の声を重点掲載
② ペーパレス化(帳票保存、会議、ワークフロー)
③ 情報共有サイトの構築(ポータルサイト、FAQシステム)
④ 顧客情報(営業&工事)をその日のうちに蓄積
⑤ 全店舗でのデータ項目の統一
⑥ データの発生時入力、重複入力が必要な帳票のカット(業務フロー整理含む)
※店舗、営業管理課、工事管理課の係わる部分に限定
⑦ 「さん付け運動」の実施
⑧ 感じの良いファションの心がけ
⑨ 部署ごとの壁(パーティション)の撤廃
⑩ 役員と従業員との定期クロスミーティング実施
⑪ 職種毎の能力基準の作成、目標管理制度導入及び徹底
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 水戸によれば、それともうひとつ、水戸はひとつの考え方をメンバーに提案した。縦軸に「風土の根深さ」、横軸に「動機づけ」を交差させて4つのゾーンを作る。「風土の根深さ」は深いほうが変わりにくいということだ。「動機づけ」は、主体となる人たちがそれを意欲的に対応したいと思うかどうかを意味する。
その提案に従って、メンバーたちはささっと11個の実行施策を4つのゾーンにマッピングした。

Aゾーン(右上)(風土の根深さ:浅 動機づけ:強) ①⑦⑩
Bゾーン(左上)(風土の根深さ:浅 動機づけ:弱) ②⑤
Cゾーン(右下)(風土の根深さ:深 動機づけ:強) ③⑨⑪
Dゾーン(左下)(風土の根深さ:深 動機づけ:弱) ⑥④⑧






 このマッピングによって、取り組むべき順番を決められるという。メンバーは自分たちが実際に対応するとなったときの、いろいろな場面を想定してみた。特定の人の顔が浮かぶこともあれば、同様の取り組みで過去失敗した記憶が蘇ることもあった。
 組織に根深く食い込んでいながら、そこを変えようとする意識が低ければ、変革の結果を出すまでに時間を要する。逆にあまり浸透していないのであればそこを変えるのは比較的容易なはずだ。ひとつずつ成功を積み重ね、確実に結果を出していくためには、計画の段階で『取り組みの順番』に注意する必要があることが、この図をまとめたことによってメンバー全員の理解となった。
「なるほど、この図でいけばAゾーンから取り組めば結果を出しやすいってことですね」

加瀬がそう言って何度も小さく首を縦に振った。
「逆にDゾーンを後に回そうってことですね」酒井が続いた。
「皆さんがまとめてくれた、BSCからでも課題のつながり、時間的に表現すれば取り組むべき前後関係がわかるのですが、ここでは気持ち的な側面で考えることができます」
「なるほど、面白いですね。問題はこうやって整理していくんですね」
 独り言を呟いた加瀬の脳は心地よくフル回転していた。
「初めはとっつきやすい所、つまりAゾーンからやるのがいいかもしれません。そして、最後Dゾーンは、『ルールを作ってやりましょう』とプロジェクト側が言っても、一般的にはすぐに結果がでない領域です。場合によってはトップダウンでバシっとやる必要があるんです。そのためには、床井社長以下役員たちからの強い指示を得る必要がありますが、そのためにはいくつか成功事例を作って実際風土が変わったかもしれないという実績を作る必要があります」

「うーん。根深い風土かつやる気の出ないゾーンに食らいこんでこそ、風土改革が行われたという気持ちになるんでしょうね。そこには是非食い込んでいきたいな」
加瀬が画面を見ながら独り言を続けた。
「一般的な話で結構なのですが、こういうプロジェクトではBとCのゾーンはどちらを先に取り組むべきでしょう?」佐倉が質問した。
「そうですね、どっちのゾーンで早く結果がでるか? 今回のプロジェクトでは、時間で選択すればいいのかなと私は思いますよ」水戸が答えた。
「ということは、期限までに終わりそうの無いものは、対応事項から外すという選択肢もあり得るってことですね」

 加瀬のその発言と同時に、佐倉が少しそわそわしていたことに、水戸は気付いた。
「ところで、⑪番の実行施策は評価される人と評価する人のどっちの視点で考えるかで、CゾーンなのかDゾーンなのか変わりませんか?」ずっと画面を見つめていた酒井が言った。
「それは、評価される側です。絶対に!」
佐倉が先程の質問のときよりは少し大きな声で語尾を強めた。
「えっ、う、うん。そうだよね。そうするとCゾーンか。個別の対応施策の評価を踏まえて、対応に必要な時間をガントチャートにしてみようか? どれを実施できるか、判断がつくはずだね」
「酒井さん、ちょっとひとついいですか?」

水戸が酒井の顔を見てから、加瀬のパソコンに近づいて画面をのぞきこんだ。
「加瀬さん、もう一度実行施策の個別評価結果を映してもらってもよいでしょうか? ひとつ言い忘れていました。皆さん、すいません」
水戸がそう言いながら、壁に映された評価結果の一部分を大きく手で線を引いた。
「加瀬さん、この表のこの部分に『タスクリーダーの思い』って挿入してください」
「はい。こうですか?」
「ありがとう。実際現場で行動できるのは6カ月しかありません。皆がひとつの対応に集中するのは効率が悪いですよね。必要な単位でタスクを作って、このメンバーからタスクリーダーを任命します。そしてそのタスクリーダーに施策の実行をおまかせしようと思うのですが」
「はい、プロジェクト計画書にもそれは記載してあったので理解はしています」
「ですので、実際はガントチャートにはタスクの並行する部分がいくつかでてくるでしょう」
 リズムよく会話が続く。

「そうですね水戸さん。ですが、例えば全国の店舗を回らないといけないような状況になったとすると、一人だと結構大変なこともあるんじゃないでしょうか?」
「それを覚悟したメンバーがここに座っていると、私は理解してますよ。加瀬さん」
「そうだよ、加瀬君。めずらしく弱気の虫かな? こんなとき店舗なら何度も何度も大きな声で自分の目標を発表するんだけどな? なあ、石沢」
「ええ、そうです。加瀬さん、一緒に声出しやりましょうか?」
「あ、いや。大丈夫です! 弱気なんかじゃないです。これだけ大きなプロジェクトの実行計画が見えてくると、自分にやりきれるかなってふと一瞬よぎっただけです。一瞬だけですよ、一瞬だけ!」
 そう言って加瀬は先程の発言を取り消すように、何度も手のひらを自分の前で交差させた。
「大丈夫ですよ、加瀬さん。私は加瀬さんが積み重ねてきた小さな改善を知っています。それだって、いくつかまとめて集めれば『大きなプロジェクト』って呼べなくもないですよ。大丈夫です。うん、大丈夫だ」
 水戸にそう言われると、加瀬の中にほんの少しだけ生まれた不安が消えた。
「ということで、タスクリーダー決めましょうか!? 今までは全員で議論をしてきましたが、自分ならできる、若しくは是が非でもこれをやり遂げたいって実行施策を選んでください。・・・あ、今日はもう時間ですね。明日までに心を決めてきてくださいね」

 1月下旬、年が明けてもうひと月が終わろうとしている。
<早いものだ。もう1月も終わりか>
何事も集中している間、時は矢のごとく過ぎてゆく。そんなことを思いながら、水戸は諸々の整理やメールのチェックをしていた。
「おや? このアドレス、もしや・・・、丸山君か!? 久々だな」
丸山は水戸の経営コンサルタント時代の後輩である。総合系コンサルティングファームであるフューチャーコンサルティングで当時、情報戦略の策定やシステム導入の要件定義や導入支援を担当していた男だ。仕事で意気投合した二人は、水戸が会社を去った後も仕事以外での親交を続けていた。ところが、水戸が太陽リフォームに入社して監査業務で全国を飛び回るようになってから、お互いの都合も合わせにくくなり、ここしばらくは連絡も途絶えていた。その丸山からのメールである。

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水戸さん
お久しぶりです、丸山です。
先日「さをり」にお邪魔しました。水戸さんが懐かしむように私のことを話してくれてたってことで、沙織ママが連絡先を教えてくれました。久々に顔が見たいです。情報交換でもどうですか?
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 水戸も外部の人間の話を聞いてみたいと思っていたころだった。各種のプロジェクトを通じて「変革に偶然はあり得ない」そんな話をよくしていた二人の間に、こんな偶然があるものだと思った。水戸はその偶然に喜び、すぐに返信をして家路についた。
駅に向かう途中、水戸を呼ぶ女性の声がした。振り返るとヒールをコツコツと響かせて小走りにやってきた。
「お疲れさまです。水戸さん、途中までご一緒していいですか?」
「はい、もちろん。しかし、佐倉さん、若いですね!」
「え、どうしてですか?」
いきなり年の話をされたのが想定外だったのか、目をパチクリさせていた。
「先日、私もここを走って大海課長を追いかけたんですよ。ちょっと走っただけで息があがっちゃいましたよ」
「大海課長ですか?」
「ええ、先週そこのおでん屋で一杯やりました。前を行く大海課長を見つけて走って追ったんですが、それだけではぁはぁなっちゃいました」
 <あれ、先週っていえば、大海課長がコロッと変わった時期じゃない>
それは理解できたが、そのときはそれ以上深く考えずにいた。今はどうしても水戸に話したい内容があったのだ。

「水戸さん、ありがとうございます!」
そう言って立ち止まって頭を下げた。
「急にどうしたの、佐倉さん?」
「私どうしても、評価制度変えたかったんです。このプロジェクトでどうしても現状を変えたいんです。それでやっと・・・」
「知ってますよ。まあ、寒いから駅のほうにいきましょうか」
何か詰まったものを吐き出しそうな勢いで話し出した佐倉とは違って、水戸は冷静に応えて歩き出した。
「あ、はい」佐倉が数歩遅れて水戸を追った。
「佐倉さんが評価制度とその運用の実態に疑問を持っているのは知っていましたよ。床井社長とランチミーティングをしたとき。会社の現状を考える会で議論したとき。このプロジェクトでいろいろな課題を検討するとき。みんなの話す内容だけでなく、表情を見ていればどこに気持ちがあるのかわかりますよ」
「あ、あの・・・。さっき課題の選別が必要だって話になったとき、評価制度を取り込んでもらえるようにして頂きました。ありがとうございます」

 今度は水戸が立ち止まって、振り返って佐倉をまっすぐに見た。
「佐倉さん。私はただプロジェクトを成功させるために必要なことは何なのか、それだけを考えて判断しています。個人の感情を優先したわけではないですよ。それをしたらプロジェクトマネージャーは務まらないですからね。きっとメンバーみんながいろいろな背景を持っています。会社に何年もいたら、楽しいことばかりじゃないでしょうからね。・・・でも、必要以上にそれを探ろうとはしません」
佐倉の思考が停止した。もっと話を聞いてくれると思った。そしてもっと話をしたいことがあった。そのために水戸が帰るのを待っていたのだ。

 そんなに遠くない距離のせいか、相模原駅に着いてしまった。階段を上って改札を通り過ぎた。その間何かを話した気もするが、あまり思い出せない。
「あ、じゃあ私こっちなので。お疲れさまでした。また明日よろしくお願いします」
 電車の中で考えていた。評価制度についての自分の思いを知ってほしかった。そして絶対、このプロジェクトで会社の風土を変えてみせる。その一部でもいいから自分にまかせてほしい。そう水戸に伝えたかった。いつもの水戸ならそれを聞いてくれると思った。
でもなぜ、さっきは水戸がそっけなかったのかが佐倉には分からなかった。

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