「水戸さん、ちょっと時間もらえる?」
一行が部屋に戻る途中、山本が水戸を呼び止めた。
「はい、もちろんです、山本本部長」
「実はね、うちの競合のホームライフ21が3月の『建築・建材展』に展示するようなんだ」
「あの東京ビッグサイトのイベントですか? うちにもお誘いが来てるって話は小耳にはさんでますが・・・」
「そう、それ。あのイベントで、シックハウス対策とエコ・省エネ関連の商品を揃えて展示するようだ」
「ホームライフ21に自社製品ってほとんどないはずですが、いつの間に・・・」
「いやそれが、メーカーとのタイアップで、実際は付き合いの深いメーカーの商品を展示するのだそうだ。そのコーディネート役としてホームライフ21の名前を冠するってわけだ」
「その情報をどこから入手なさったんですか?」
「ああ、店舗の工事担当だよ。うちともつながりのある施工業者なんだけど、実はホームライフ21と付き合いの深いメーカーの資本が入っていて、そこが工事中の雑談で漏らしたっていうんだ。まあ本人は機密情報ってほどじゃないって言ってようだけど」
「なるほど、業界の情報はそういう所から漏れてくるんですね」
「うーん。先手を打たれたな。まずいかな?」
「そうですね。今は、マスコミ的にもリフォーム市場が熱いですから、ビックサイトでホームライフ21が新建材をアピールするとなれば、メディアに露出する機会は増えそうですね。間接的にうちとの差別化をアピールされることになります。その後どんな影響があるかどうか・・・」
「そうだね。コモディディ化の進んだメーカーの商品を扱い続けても、値引き応戦の連続だ。施工品質の満足度が高いのが太陽リフォームの強みではあるが、新商品のアピールはうちが不得意な部分だからね」
「ええ、そうですね。今後どうやって新商品をアピールするかですね」
「プロジェクトメンバーでは何か考えていたりはしないのかな?」
「少数ですが『商品がダサい、古い』そんな声がお客様からあったとプロジェクトメンバーが以前まとめていました。それに対する課題として『ニーズに合った商品ラインナップの拡大』そういう議論があったことは確かです」
「なるほど、あのメンバーならそのあたりは当然把握しているか。まあ、当然他の重要な課題もあるだろうから、性急に競合対策を考えてくれというわけにもいかないだろう。何を9月までの実施策として考えてくるか、そこは様子を見ることにするよ」
山本ははやる気持ちを抑えて、「待つ」ことにした。
「ありがとうございます。山本本部長、信頼してるんですね、あのメンバーを」
「そうだなー・・・。『選んで任せて待つ』この年でたどり着いた感覚だ。もどかしい気持ちもするが、水戸さん、君もいるしね」
「今や、メンバーたちの議論は私がびっくりするくらいですよ。毎日メンバーの成長を感じられるって素晴らしいことだと思います」
「ああ、その通りだよ。私ももっと若いころにその気持ちになれていたら、随分楽をできたはずなんだけどな」
山本は先陣を切って走った昔を懐かしんだ。
「3月のビッグサイトに社長と出かけてみるよ。それまでに具体的な調査が必要だが・・・、んー、これは野畑本部長にお願いしようと思ってるんだが、工事部にホームライフ21の今後の動向に注意するよう伝えてもらおう。水戸さんのほうは、そうだな・・・。気晴らしも兼ねてプロジェクトメンバーたちと行ってくるといい」
「ええ、そうします。気晴らしですね。いつもとは違う頭が使えそうです」
その後、水戸も「建築・建材展」について調べてみた。ホームライフ21は入り口近くの大きなスペースを借りているようだ。気合の入りようが誰にでも感じられる場所だ。それにしても地方の展示場の建設といい大規模なイベントといい、大分積極的な攻めを見せている。ホームライフ21も「チェンジ」しようとしているのかもしれないし、ひょっとすると変革が必要な台所事情なのかもしれない。
我々も油断できない、心してかかる必要がある。水戸はそう感じた。
<メンバーにはどう伝えようかな>
自分が答えの無い何かに取り組んでいるとき、他人の行動は気になるものだ。それが競合企業なら尚更のことだ。そういうときに限って相手の取り組みは斬新に見える。でも焦ってはいけない。焦ったとところで手は増えない、頭の回転は速くならない、使えるお金も増えないのだから。
水戸が不在の間、他のメンバーはスローガンの意味を再度考えていた。「『お客様のため』というだけでは物足りない」水戸はそう言っていた。確かにそれだけでは、プロジェクトのスローガンとして掲げるには弱い気がする、そこまでは皆の意見は一致した。
「スパイスを加えればいいんだよね。それはつまりもう少し突っ込んで表現しましょうってことだと思う。たとえば、皆が一番重要だと言っていた『share』。これを加えるとどうなるだろう?」
酒井が皆の意見を促した。
「そうですね、単純に考えれば『お客様のためにshareしよう』ですかね」石沢が自信の無い様子で答えた。
「さすが営業、直球ね。もうちょっと変化球で表現すると、『お客様の満足のために従業員一人ひとりの価値をshareしよう』ってどうですか?」石井も自信は無さげだった。
「うん、いいですね。けど、『share』だけでなくてもいいんじゃないですか?」
「確かにそうですね。『share』が一番大事だってことは確かだけど、そのほかのキーワードがスローガンに入っていてもそれはそれでいいんじゃないですか? たとえば、『simple』、『speed』も」
加瀬のその話にヒントを得た佐倉が落ち着いて言った。
「ちょうど頭文字が3つとも『S』ですね。日本語で言うと長くなっちゃうから、『3S for our Customer』ってどうでしょう?」
「いいかも。ただ・・・、一見わかりづらいね。『3Sって何?』ってみんな言いそう。店舗の営業のおじさんたちは横文字からっきしダメよ」
「そうだね、うちの店舗もその通りだ。でも待てよ・・・」
そう言って酒井が腕組みをして、立ち上がった。
「『3S』が当たり前のように、シェアー、シンプル、スピードだって言えるようになれば、それはそれでいいのかな。逆に単語を並べるよりも覚えやすいかもしれない」
「『当たり前』ってところが重要ですね、それこそ『新しい風土の定着』です」
そんな議論が30分くらい続いただろうか、水戸が部屋に戻ってきた。
「ごめん、ちょっと山本本部長と話しこんじゃって、ホームライフ21が・・・。ん? いいじゃないですか! 『3S for our Customer』、これスローガンですよね?」
「そうです、なんか話の流れでこんな感じになってます」
「3Sって、先日まとめた『share』、『simple』、『speed』ですか?」
「そうです。『share』が一番大事だってことはみんなその通りだったのですが、他のキーワードを重要な順に入れてみました。それが3つとも頭文字が『S』なので、『3S』としたんです」
佐倉が水戸の反応を伺った。
「佐倉さん、実はね。ちょっと外でみんなの話を聞いていたんですよ。別に盗み聞きをしていたわけではないのですが、なんかテンポのいい議論が外にまで聞こえたので、つい。それで、皆さんに覚えておいて頂きたいのは、このプロジェクトの方向は『皆さんが決める』ってことです。私はそれを最大限お手伝いします。だから、私の顔色を伺う必要なんて全然ないんですよ。ねっ、佐倉さん。自信を持ってやってください」
「は、はいっ」
「皆さんが決めたのであれば、『3S for our Customer』これでいきましょう」
「よしっ、ひとつクリア!」
加瀬がそう言ってキーボードをささっと打ってメモした。このミーティングでは、加瀬がパソコンの画面をプロジェクターに映しながらメモを取るのがすっかり当たり前のようになっていた。
「重要なのはこの次です。先程、佐倉さんが『重要な順に』って言葉を使いました。ということはこれが今後の判断基準になります。この先プロジェクトのいたる所で、いろいろなコンフリクトが発生するはずです。コストの制約、時間の制約、短いプロジェクト期間中ではそのコンフリクトをうまく調整する必要があります。そのときの判断基準が、この『3S』です。重要な順に、『share』、『simple』、『speed』これらを判断指標にしていけば、皆さんが同一の判断軸を持つことが可能になりますね」
「なるほど。午前中の話に戻れば、優先的に対応すべき課題グループのも、この基準を使って選択すればいいですね」
加瀬が午前中からそのままになっていたホワイトボードに近づくと、線で繋がれたいくつかの課題を赤線で囲った。
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