企業変革 連続小説 「Break your shell」 19

■偶然なのか、それとも必然か

「さて、皆さん。風土改革プロジェクトマネージャーの水戸です。改めましてよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
会議室に集まったプロジェクトのメンバーがそれに元気に応えた。水戸がプロジェクトマネージャーを務めるチームは全部で6人。水戸、酒井、加瀬、佐倉、石沢、石井だ。
「まさかこのメンバーになるとはね。すごい縁ですね」
全員が会社の現状を考える会の中心メンバーだった。必然的なものなのか、床井の計算高さの結果なのか、水戸には何か大きな流れの中にいるような気がした。
「このメンバーでプロジェクトができるなんて、思ってもみなかったですよ」珍しく石沢が一番に話し出した。
「私もびっくりです。このプロジェクトに参加できたのはこれのおかげでしょうか?」石井が手ぬぐいを広げた。
 6人全員が数秒間それに注目し、同時にプロジェクトの意思が再確認された気がした。皆が納会の様子を思い出していると思われた。






先程までは柔らかかった水戸の顔が真面目な顔に変わっていた。
「これからここにいる皆さんで、この手ぬぐい描かれた問題を洗濯して綺麗さっぱりにしてもらいます。時間の制限は9カ月間です。今度は簡単ではありませんよ。楽しくないかもしれません」
少し間をおいて続けた。
「だけど、私は最後まで頑張るつもりです。だから皆さんも最後まで付き合ってもらえますか?」
「もちろんです」加瀬が即答した。
「納会であそこまでやってしまったんです。もう後戻りはできませんよ。僕はやります」石沢も答えた。
「みんなきっとそう思ってますよ、水戸さん」佐倉も言った。
「そうですよ、自分も言わずもがな、です」酒井も同じ気持ちだった。
「ありがとうございます」

「ところで。それいいね、佐倉主任」酒井が違和感に気づいた。
「何がですか?」
「『さん』ですよ。さん付け。それいいじゃないですか、それ風土改革ですよ」
「いいですね、いいと思います。そうやってどんどんアイデアを出していきましょう。まあ、私が言わなくてもこのメンバーなら、きっとたくさん出てくるでしょうね、期待しています。しかし・・・」
そう言うと、水戸が紙を数枚配り出した。

「まずは『ビジョン』を作りましょう。僕らの描く将来像です。会社の現状を考える会では、問題を分析しつつ解決案もいくつか考えました。しかも皆さん優秀なので、問題の原因、それを解決するための課題も考えてくれました。けど・・・」
「今日は水戸『さん』、思わせぶりな話し方をしますね」
「お、加瀬さん、さっそく風土改革」石沢が茶化した。
「僕は昔からさん付けでしたよ、気づきませんでした?」加瀬が笑いながら言った。
「ははは、それならさっそく全員が明日から実行できますね。けど、その必要性を理解しなければ人はなかなか実行してくれないものです。例え社長の命令でもです。初めは指示事項として従いますが、徐々に元の慣れた姿へ戻っていくのが組織慣性というものです」
「なぜそうなってしまうんでしょうね?」
「石井さん、良い質問ですね」
そう言いながら、水戸はホワイトボードにいくつかの文を箇条書きした。

①各個人に問題意識・危機感が無い
②変わることの必要性・目的を認識していない
③ゴールが見えない
④変わるためにやることの具体性・納得性がない
⑤自分自身のメリットを感じない
⑥ゴールが遠すぎるため疲れる
⑦旗振りにカリスマが無い、嫌われている
⑧変わったことがゴールだとの間違った認識

「これくらいかな。プロジェクトの流れを意識して書いてみました。なんとなく理解して頂けると思います。例えば①はどうでしょう?」
「それはみんな持っていると思います。例の納会で、ばっちりと」
 昨年の納会については語り草になっていた。社内ではもちろん、ビジネスパートナーである施工業者の間で「太陽リフォームは今年変わる」そう噂されていた。
「そうですね、納会での雰囲気で判断するに、概ねOKというところでしょう。では、②はどうでしょう?」
「それは①の裏返しではないでしょうか?」加瀬が質問を続けた。
「それは、ここにいるメンバーが『問題意識を持つ人、イコール、どう変わればよいかを同時に考える人』だからそう思うんです。ところが問題意識を持っていたとしても、どう変わればよいかを考えない人もいます」
「わかる気がします。何も結論を出してくれない人が身近にいますからね」







加瀬は原沢との日々の会話、それも何も決まらない会話を思い出していた。
「次に③、ここがとても重要ですね。いまここにいるメンバーに共通のゴールが見えているでしょうか? もちろんゴールとは『風土改革』した後の我々の新しい姿に他なりませんが」
「確かにその姿は具体的にどうかと言われればあいまいかもしれませんね。あ、正しく言い直せば、その姿はこのメンバー間でもバラバラなものかもしれません。私も店長時代、どういう店舗にしたいのかを常々メンバーに言って聞かせてきましたが、初めはなかなか伝わらなかったですよ」
「その話、いつかの監査のときにも説明して頂きましたね。そして確か、そのイメージをメンバーが理解してくれたと思えた頃、同時に足立店全体の成績も上がってきたんですよね?」
「ええ、そうなんですよ」
「それと一緒です。しかもこのプロジェクトは期間が限られています。期間内に結果を出すために大事なのは、まずはこのメンバーが意識の統一を図ってスタートすること。3、4カ月後に初めて足並みが揃いましたでは遅すぎます。何をもって統一かと言えば、同じゴールを目指して走ることです。そのための必要なのがビジョンです」
「具体的にはどう作ればよいのでしょう?」
会社のビジョンを作るという初めてのことに、石井や石沢それに佐倉がきょとんとしている。加瀬も皆と同じ顔で質問した。

 水戸は風土改革の段階をいくつかに分けて考えている。それは次のようだ。

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1準備フェーズ
危機意識の高まり → トップの意思表示 → 変革機運の盛り上げ
2実行フェーズ
体制構築 → ビジョンの周知 → 巻き込み → 小さな成功の積み重ね → 象徴となる成功の経験
3フォローフェーズ
気の緩みを監視 → 次なる目標の設定 → 変革意識の醸成
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 この考えに従えば、今この時点では「体制構築」まで進んだことになる。次は会社の中にビジョンを周知していく必要がある。とは言えど、いきなり廊下の掲示板に張り出すわけでもなく、社長が訓示を行うものでもない。高まった危機意識を持ち、変わらなければいけないという雰囲気の中では、シンプルかつストレートなメッセージでビジョンを伝えればいい。そうでなければ社内に浸透しない。しかしそこに「納得感」が加わらなければ味気ないメッセージとなってしまう。納得感を加えるためには、事前に十分な内外環境の分析が必要だ。
「皆さんが既に作ってくれましたよ。例のレポートがここですごく役立ちます。あの分析結果を基に、どうなりたいかを表現すればいいんです。分析が無いままに、こうしたいああしたいと書いても誰も納得してくれませんからね」
「ん~」加瀬が今度は眉間にしわを寄せて唸り出した。
「加瀬さん、どうしました?」
「水戸さん、ひとつ質問です。通常、ビジョンは方針の上にくる概念ではないでしょうか?」
「そうですよ。その通りです」

「ビジョン、理念、方針、戦略、スローガン、どれがどの上位概念で、どれがどれに紐づいて・・・っていまいち理解しづらいんですが、会社の方針があるのに、僕らがその上位概念の『ビジョン』を作って良いのでしょうか?」
「加瀬さん、良く勉強していますね。結論から言いましょうか。いいんです。なぜなら、それは誰が使うかによって言葉の意味が変わるからです。言葉の定義の問題なのであまり深く考えなくていいですよ。『会社の方針を受けて、このプロジェクトで目指す将来像を考えましょう』そう表現すれば、受け入れやすいですかね」
「それを『ビジョン』と定義しましょう、ということですね」
「その通りです。もちろん、床井社長含む経営陣が通常使う『ビジョン』という言葉は、経営レベルの用語です。このプロジェクトで使う意味とは位置付けが違うので、注意してくださいね」
言葉の定義は重要だ。風土改革プロジェクトでは経営トップとのコミュニケーションは何より増して大切にすべきだ。そのコミュニケーションは会話が全てであるといっても過言ではない。同じ言葉でもお互いが違う意味で使っていれば会話はかみ合わない。会話がかみ合わなければ、コミュニケーションもままならず、理解も得られない。

「私も質問いいですか?」
佐倉がそう言うと、加瀬のパソコンを横から操作しながらプロジェクターの画面を変えた。そこには次年度の方針内容が映し出された。

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○2005年度 方針
・既存顧客からのリピート受注獲得と商圏シェア拡大
・付加価値提案の強化、施工品質の向上とアフターサービスの充実
・顧客情報の有効活用及びそのための本社機能整備
・これを確実に実施する新たな風土づくり
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「どうなりたいか表現するにも、これを意識する必要があるということですね。さらに先程水戸さんは『納得感』が必要だと言われていました。つまり、私たちのイメージする姿つまりビジョンが、誰が聞いてもこの方針に『つながっている』と感じる必要があるわけですね」
「素晴らしい。その通り」水戸は小さく拍手した。
 ビジョンでプロジェクトの進むべき方向を明確にして共有し、それは会社が進むべき方向に合致していると関係者が納得する必要がある。水戸の伝えたいことはメンバーに十分に伝わったようだ。このメンバーは進むべき方向を理解すれば、誰も背中を押さなくとも自分で歩きだす。
<従業員全員がこんな人たちばかりだったら、風土改革プロジェクトなんて必要ないんだけどな>
そう思いながら先程机の上に置いた用紙をメンバーに配布して、腕時計をちらっと見た。
「では、今日はここまでにしましょう。明日の午前中は各自でビジョン作成の材料をもう一度整理してみてください。今配布した用紙のフォーマットを参考にして頂いてもいいですし、フリーフォーマットでもいいです。午後はそれを議論したいと思います。それに、今日の午後は引き継ぎの残りでしたね。専任でアサインと言っておきながら申し訳ないのですが、そちらもお願いします」

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