第2章
Victory loves preparation
周到な準備が勝利を招く
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企業の運命を左右する風土改革のプロジェクトのメンバーがついに集まった。そのメンバーを率いる水戸は、大胆な作戦を実行し、600を超える従業員の心をいきなりわしづかみにした。さらに妥協を許すことなく、緻密な準備を進めるメンバーたちの心には、いつしか消えない火が灯り始めていた。しかしそれは、同時に変革を快く思わないモンスターとの戦いの始まりでもあった。
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■大きな輪ひとつ
納会の会場である赤坂プリンスホテルには続々と人が集まっている。1年に一度だけ、太陽リフォームの全従業員およそ600人がここに集う。さらに今年はビジネスパートナーである施工業者も100人近く招待された。さらに特別ゲストには、太陽リフォームのCMに登場してくれた俳優と女優が呼ばれたとあって、会場はざわついていた。
入場の受付時に自分の所属と名前の所にチェックをし、記念品として手ぬぐいと思われる物を手渡された。
1年振りに顔を合わせる者、初めて顔を合わせる者、様々である。特に新入社員は、4月に入社したのち3カ月の研修を終えて7月に配属になると、日々店舗と電話やメールでやり取りをする。特にほぼ毎日コミュニケーションをとる店舗の営業事務とは自然と仲が良くなるため、お互いどんな人なのかを知りたくなる。もちろん新人以外もだ。会場に集まった人たちがあちらこちらに歩き回るのはそのためである。これを見ていると本社と店舗の間の隔たりがあるとは、俄かに信じがたいものだときっと誰もが思ってしまう。
普段は制服であるブルゾンを着る営業も汚れた作業着の工事関係者も、ここでは皆が正装である。店舗の人間たちはその物珍しさを笑いあい、女性たちはお互いをかわいいと褒めあって楽しんでいる。彼女たちのドレスコードが、会場を一層華やかにした。
納会の開始の時刻3分前になると、小泉が壇上に立った。
「えー、皆さん。今年もやってまいりました。ここにいる皆さんのお陰で今年も恒例の納会を、ここ赤坂プリンスで催すこととなりました。遠方から来て頂いている店舗の方は長旅ご苦労様です。さらに今回はパートナー様にも年の瀬の忙しい中、お越し頂いております。各々の目標が達成できた人もそうでない人も、このときばかりは飲んで騒いで頂いて、仕事を忘れて楽しんでください。そして、なんと、今年は皆さんご存知の特別ゲストもお呼びしておりますので盛大にやりたいと思います。それでは始めましょう!」
小泉の納会開催の挨拶がおわると、しばし軽快な音楽とともに、会場正面の大きな画面に映像が映しだされた。店舗の朝礼の様子に、目標線を越えた営業成績のグラフ。施工完了後にお客様と並んで撮った写真。現場に向かう前に体操をする工事担当。試作塗料を調合している研究員。受話器を肩にはさみパソコンを操作する本社スタッフ、書類をチェックする管理職。それぞれが1年を振り返る様に会場は少しだけ落ち着いた雰囲気になった。
ところが、大型受注の報告を受けた風に(写真撮影用に)嘘くさく大喜びする野畑の様子に続いて、江ノ島の旅館の前で団子を頬張る床井と杉本、それに秘書のスリーショットが映ったときは、その笑いで会場が揺れた気がした。
そして間もなくして、壇上に太陽リフォームの役員全員が上った。小泉の司会で、床井の挨拶につづき、山本、野畑、鳴海の順に本部ごとの今年の総括がなされた。競合が参入するリフォーム業界で店舗を拡大し続け、全国区の知名度となるも、不採算な店舗もいくつか表れ始めた。かろうじて売上目標を達成できた店舗も、広告宣伝や要員増加による人海戦術に頼ったことも否めず、さらに本社機能としても店舗の活動を強力に支援するまでに成長できなかった。その結果、今年の太陽リフォームの成績は売上87億円、営業利益は3年連続でマイナスとなった。
頑張って会社を大きくした、会社に貢献した、これだけ頑張れば来年も安泰だ。そう思っていたはずの多くの従業員は、例年とは違う総括の雰囲気に少しだけ違和感を覚えてたことを、会場の雰囲気が伝えていた。役員挨拶の最後に床井がまとめた。
「今年は厳しい時代に突入したけれども、ここにいるみんなが毎日頑張ってくれたおかげで、またここに集えることができました。来年のことはちょっとだけ置いておいて、まずは今年の疲れをとりましょう。それでは表彰に移りたいと思います」
ここでマイクが小泉に変わると同時に、会場後方に指をさして注意を引きつけた。
「それではここで皆さんご存知の方に登場して頂きましょう。今年の表彰はなんとこの方々から行って頂きます!」
指を差された方向に全員が注目して会場はざわめき出した。扉があくとそこから太陽リフォームのCMに起用されている俳優と女優が登場した。拍手で迎えられると、表彰式の準備が整った壇上に上がった。個人及び店舗ごとの営業成績、施工高が発表された。個人の営業成績は大方の予想通り高崎店の渡辺がトップであった。続いて表彰状と金一封が俳優と女優から渡された。
「それでは一言あいさつを」と言われてマイクを渡されると、簡単な感謝の言葉の後に、膝をグッと落として握りこぶしを力強く前に突き出し、そしてなぜか「エイエイオオオオォォー!」だ。声を出し過ぎて最後はせきこむ。昨年もその前の年もこの姿を目にしている。会場は拍手とともに大笑いだ。
店舗ごとの成績では2位につけた足立店も表彰された。代表して店長の酒井が壇上に立っていた。その後も表彰は続き、アルコールのせいもあって会場は盛大に盛り上がっていた。独身の中年営業が表彰されると、「表彰状や金一封をもらう前に、嫁をもらえ~」など野次も飛んだ。会場は笑いに包まれっぱなしだ。
表彰が終わるとしばらく歓談が続いた。歓談の間、会場正面の画面には太陽リフォームのテレビCMが流れていた。歓談の声のほうが大きくその音声はあまり聞こえなかった。そこで、小泉からアナウンスが入った。
「皆さん、次は来年の方針について役員から発表して頂きます。ですがその前に・・・」
水戸が壇上に立っている。
「皆さんお疲れ様です。監査室の水戸です。日頃細かい所をいやらしくチェックしてしまって申し訳ございません」
会場から「そうだ、そうだ」との野次も飛びつつ、笑いが起こった。
「ですが、今日は監査なんてしません。今日は皆さんにゲームをして頂こうと思ってこの壇上に上がりました。大事な来年の方針発表の前ですが、皆さんちょっとだけお付き合い頂きたいと思います」
その後の説明で、入場受付で配布した記念品の袋を開けてほしいと伝えられた。中身は手ぬぐいなのだが、そこには何か絵が書いてある。周りの人たちとはガラが違うので、パズルのように並べてみてほしいと言う。
会場の中でぐるぐる人が動き出した。どうやら横2枚縦3枚の合計6枚でひとつの絵になるようだと言うことがわかった。次第に会場から、今までとは比べ物にならないくらいのざわめきが起きていた。同じくして、会社の現状を考える会のメンバー全員13人が壇上に上がっていた。
水戸と彼らの目には、会場にいくつもの小さな輪ができているのが見えていた。顔を合わせたことの無い人とも、そこに描かれた絵のパーツを合わせるために手ぬぐいをくっつけあっている。皆がグラスや取り皿を置いて、それぞれが丸く集まっていた。壇上からは、それが白い小さな輪が集まってひとつの大きな輪になっているように見えた。
それは何とも言えない、その先ずっと忘れられない不思議な光景だった。
「なんだこれ、本社のあの課長かな」
「わかりやすいね。俺もいつも同じ事感じてる」
「すごいね。あの有志メンバーがこれ書いたのかな」
「ありゃりゃ、お客さん逃げちゃってるよ」
「これ明らかにうちの会社の現状だよね。こんなので大丈夫なのかな・・・」
会場には思い思いの話が飛び交っていた。空気が凍りついたとか、ドン引きといった風ではなく、大方賛成、納得、共感の雰囲気が占めていた。
「2カ月間、ここにいるメンバーたちが会社の現状を語り合いました。語り合った結果はレポートになり、それは分厚いものになったのですが、もっとわかりやすい形で皆さんとそれを共有したいと思い、この場をお借りしました」
「いいぞー!」
「良く書いた!」
会場全体の了解を得たと思えた水戸は続けて話した。
「ご覧の通り、皆さんの手元にはいくつもの問題が描かれています。それでも今、ひとつになれている気がしませんか? それぞれは小さな輪の集まりですが、ひとつの大きな輪になっています。一人じゃなかなかこういった問題には対処できません。この輪の力こそが、この会社が抱えている問題を解決していけるんだと、この壇上にいる13人全員が思っています。最後にひとつ、このような場を許してくださった役員の方々に感謝いたします」
会場にひとつの拍手が聞こえると、徐々に拍手が沸いた。それは確かに会場全体に響いていた。
予定ではここで水戸と13人が壇上から降りるはずだったが、床井が合図を待たずに壇上に上がって、彼らの真ん中に立った。
「さあ、みんな。次は私の番で良いかな?」
会場は一転静かになっていた。酒を飲むものも料理に手をつけるものもいない。誰もが床井が何を言うのか注目した。
「みんなは、来年この会社をどうしたいかね。わしはね。今後10年成長していける会社、ちゃんと利益を出した結果、給料も増えてみんなの生活を豊かにできるような会社。そういう会社にしたいと思ってるんだ。もちろんお客様にもご満足頂いてね」
一呼吸して続けた。
「来年本社の引越しをするのはみんなも知っての通りだ。良いタイミングだと思わないか? どうせなら会社の中身も新しくしたい。そのためのプロジェクトを組もうと思う。具体的に何をどうするかはプロジェクトに任せたい。だからプロジェクトは従業員の意見を十分吸い上げてほしい。新たしい会社のためになる内容だったら、我々役員は支援を拒まない。プロジェクトメンバーのみならず従業員全員でそれを成し遂げてほしい。小泉部長、体制を映してくれ」
小泉が手際よく、画面にプロジェクトの体制図が映し出した。例の体制図だ。
「では、この先の説明は山本本部長からしてもらおうかな」
「はい。では私のほうから」山本が登壇した。
「その前にひとつ。皆さん、先程水戸室長の話の後に拍手があったでしょ? 初めの拍手、誰だったかわかりますか?」
広い会場でそれに気付くものなどいないだろう。そう思った山本はあえて言いたかった。いや言わなければならないと思った。
「床井社長ですよ。私はね、隣にいたからわかったんですが、真っ先に拍手をしたのは床井社長でした。これが何を意味するか、答えは簡単。『社長が率先して変革を支援しようとしてくれている』ということです。山本は少し間をあけて壇上から見えるいくつもの顔を見た。
「皆さんも心に何か感じたでしょう。それは私が感じているものと同じだと思います。それを踏まえて、プロジェクトの説明をします」
こうしてプロジェクトの実施が宣言された。その後、来年の数値目標や基本計画、新体制図なども説明された。
水戸は、経営コンサルタント時代の様々な出来事を思い出していた。変革と銘打って始めたプロジェクトでも何も変われない会社もあった。変わろうとする振りを続けるだけの会社もあった。そんな会社でよく見たのは、聞こえのいい言葉だけで議論するシーンだった。
綺麗事は沢山並ぶが実行する者がいつになっても現れない。「それはあなたがやるものだと思っていた」「いえ、私は今の業務で手いっぱいで・・・」など、綺麗事を並び立てた当の本人たちは、苦労の当事者になるのを避けようとする。誰が悪いわけではなく、単純に心の準備が不十分なのだ。心の準備が整わないままでスタートした変革プロジェクトは、見事に空中分解した。
経営コンサルタントとしてチームに配属されたばかりの頃に参加した失敗プロジェクトで学んだことだ。
<さて、心の準備が整ったかな>
「水戸室長、いや水戸プロジェクトマネージャー、やりましたね」
山本がサプライズイベントを成功させた水戸をねぎらった。
「会社が変わるためには、なんでも話し合える空気ができなければ、駄目だと思っています。問題の原因にたどり着けないし、真の解決策も見つからない。この会社にはそれがある。それがみんなに伝わったと思います。山本本部長、本当に感謝しています」
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