第1章
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Crisis is behind you
危機はすぐそこにある
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次々に店舗を出店し、本社の増員も行いながら全国展開を行うまでに成長した太陽リフォームであったが、ここ3年間は減収減益の状態が続いていた。そんな悩ましい状況の中、突如本社の移転を余儀なくされた右脳派直感型である社長の床井に、左脳派理論型の山本が相談を持ち掛ける。「変革のタイミングなのでは?」と。その意を理解した床井が動き出した・・・
■引越しのきっかけ
「何っ! アスベスト!?」
床井の大きな声が社長室に響いた。
「現在入居中のこのビルは、構造部分の一部にアスベスト製品の吹付塗装がされているそうです。その部分の損傷と劣化によりアスベストが落下し粉塵をまき散らす恐れがあるかもしれないとの連絡がありました」
「ちょっと前にニュースになっていたあれのことか?」
「そうです、あれです。このビルも大分古く、もしかしたらそうなんじゃないのかなと思っていたので、不動産業者に問い合わせてみたら、そのような回答を受けました」総務・人事部長の小泉が答えた。
「ということは、早急に引越ししないといけないということかな?」
そう結論を急いだのは管理本部長の山本だ。
「不動産業者がいうには、ビルのオーナーと相談してこれから詳細の調査をするそうです。その結果次第では、そのような判断も必要になるかもしれませんね」
「賃貸契約は確か来年の10月までだったな?」
60をとうに過ぎた割には抜群の記憶力を維持する床井が山本のほうを見た。
「確かそうです。7カ月前に2年更新をしたところですね」
「ここ数年で従業員も大分増やした。だがフロアも増やせんし、手狭になってきているのは確かだ」
株式会社太陽リフォームは、住宅の外壁塗装および簡易なインテリア工事を行う業者として1988年に創業した。以来、社長の床井を中心とする強力な営業力を武器に徐々に営業エリアを拡大し、今では全国に40を超える店舗を持つまでに成長した。多くの顧客の要請もあって10年前より、キッチン、トイレ、フローリング張替え、ガレージ、ベランダなど、小規模なパッケージ型リフォームも手掛けるようになり、以来堅調に売上を伸ばしてきた。
マクロ的な視点で見れば、日本の住宅政策がストック重視に変化したことや関連する多くの法制度が整備されたことが、太陽リフォームの成長を大きく後押ししたといってもいい。
太陽リフォームで取り扱うリフォーム工事は、塗装工事に比べると契約単価が低く粗利益率も高くはないが、一度契約が決まれば、施主との継続した付き合いとなることも少なくなく、契約件数は増加していった。また芸能人を起用したテレビCMの効果もあって、2000年には床井の目標でもあった売上100億円を突破した。
ところが、他業種多方面からの競合企業の参入によって、差別化のできない商品群を中心に利益率が悪化しており、最近は不採算な店舗もいくつか散見されるようになった。売上・利益ともに減少が続いている厳しい状況である。しかし、それでも市場は拡大傾向と考えられており、増えた店舗の管理業務のために3年前から本社で中途及び新卒採用を進めている。
太陽リフォームの本社は現在、神奈川県の相模原市に9階建てのオフィスビルを借りており、その7フロアを占めている。建物の1階はコンビニが入っていて2階がその事務所になっているため、これ以上フロアを借りることはできない。太陽リフォームが今以上の従業員を増やすのであれば、より広い場所への移転も考えなければならなかった。
翌週、床井が役員全員の前で質問を突如投げかけた。
「来年引越しするぞ。場所は近い所でこれから検討するが、皆はどう思う?」
「従業員の健康を考えれば当然です。反対する理由が見当たりませんし、いいきっかけでしょう」山本がまず床井に賛成した。
「先週、初めてこの件について聞きましたが随分急な決定ですね。契約更新まで1年以上もあるっていうじゃありませんか」
営業統括本部長の野畑が納得いかない様子で山本に顔を向けた。
「引越しには何かと準備に時間がかかります。半年後の決定じゃ更新まで間に合わないかもしれませんし、第一、私はまだ死にたくありませんよ」山本が皆の笑いを誘った。
「今後も本社スタッフを増員するのであれば、いずれ考えなくてはならないテーマではあると思います。以前にも本社移転の件は役員ミーティングで議題に上がりましたね」小泉が付け足した。
「グッド! 場所は遠くせん。電車通勤も車通勤の従業員も不都合無いように場所を決めよう」
床井が肉厚のある手をパチッと鳴らした。
「山本、ちょっと来い」
山本が社長室に入ると同時に、大きな顔がぐっと近付いてきた。床井が重要な相談をするときには必ずこうすることを山本は知っていた。
「この間の『いいきっかけ』って何だ? お前のことだから何か狙いがあるのだろ?」
「5年前に管理本部長にして頂きましたが、それからは組織作りを進めてきました。なんとか形はできましたから、今後の私のミッションは業務の合理化と迅速な意思決定ができる業務情報の整理と管理だと考えています」
「おう、そうだな。で?」
「5年前までは営業統括副本部長として、業績拡大のために受注を上げることに力を注いできました。しかし店舗も増え、営業の人数も増え、工事の数も増えると、思いのほか『管理できてない』ことに気づきました」
「続けてくれ」
床井の目は鋭かったが、話を聞きたいときの表情であることを、山本は知っていた。山本と床井の付き合いはもう11年になる。
「今後リフォーム業界のプレイヤーは増える一方でしょう。大手の参入も始まっていますし、メーカーも然りです。競合のホームライフ21も数年前から、郊外型の展示場を全国に建設してリフォームを強烈にアピールしています。地道な店舗拡大でエリアを広げる今のやり方を続けてもどこかで破綻すると私は思っています」
「その通りだ。各社値引き合戦で利益率も下がる一方だ」
「はい。ですから、どこかで戦略を転換するタイミングが来るはずです。そのとき今の仕事のやりかたを続けていては、戦略転換についていけない組織になりそうな気がしています。自分で今の仕事のやり方を定着させておいて無責任な言い方ですが、そう感じています」
「過去のお前のやり方を責める気は毛頭ない。先を言ってみてくれ」床井が先を促した。
「規模拡大がここ数年の方針でしたから、体育会系のノリをあえて良しとしてきましたし、ブロック長や店長にもそういう人間を抜擢してきました。勢いのある部隊を作りたかったんです。しかしこれから先、我々が目指すべきは『賢い企業』だと考えます」
「それと、引越しをどうつなげるのだ?」
「店舗の現場と本社スタッフに雰囲気の隔たりがあるのは、社長もご存じのとおりです。本社スタッフは中途採用とここ数年の新卒が6割を占めています。現場上がりの人間も少なくありませんが、本社スタッフは現場から『おとなしい』と言われてます。管理部門として成長してほしい本社スタッフが、いずれ現場の雰囲気に飲まれてしまうのではないかと危惧しています。そうなれば『賢い企業』からはどんどん遠ざかっていくでしょう。太陽リフォームの次なる成長には、この雰囲気を打破するところから始まるのではないかと最近思っています」
山本は一気に話して、一息ついた。
「つまり『風土改革』ってことか。引越しをきっかけに新しい風土を作りたいと言うのだな」床井は要約した。
「はい、おっしゃる通りです」
「そんで、お前の考える『賢い』っていうのはどんなだ?」
床井の目は変わらず鋭いままだった。
「一言でいえば『お客様視点での情報の活用』ですね」
「もうちょっと詳しく」
「今後店舗数を2倍にしても、売上が2倍になるということは無いでしょう。もちろん利益もです。競合が増えて工事単価も下げざるを得ない状況ですからね。では、いまの商圏でお客様の数を2倍に増やせるかというとそれも容易ではありません。ですが、塗装で一度お客様になって頂いた方々とリフォームで長く付き合うことは可能だと思います。そのために必要なのは顧客情報だというのは言うまでもありません。その基になる営業報告書、提案書、工事図面、全て紙で保存しています。保存していると言えば聞こえがいいですが、その状況はおせじにも好ましい状況とは言えません。過去の資料を探るくらいなら担当営業や施工担当に聞いたほうが早い、そんな状況です」
「顧客の囲い込みってことだな」
山本は床井の相槌のうまさに感心していた。この人は本当に人から話を引き出すのがうまい、そう感じていた。
「そうです、つまりLTV(Life Time Value:顧客生涯価値)の最大化です。そのためにこれまでの情報、これから収集する情報を蓄積するとともに、現場も本社もその情報を活用できる業務フローの確立が必要だと思っています」
「わかった、十分に理解できた。山本、わしに考えがあるが乗ってみるか?」
どう回答しようか数秒迷う間、床井はさっさと社長室を後にしてしまった。